トップ / 改革理論 / この目で見たアメリカ・テレコム最前線


この目で見たアメリカ・テレコム最前線(2)
―公共利用事例研究―

宇佐美泰一郎

 さて前回に引き続いて、米国のCATV事情を見ていきたいと思う。前回は「驚異のCATV」ということで、米国バージニア州フェアファックスのCATVを紹介したわけである。
 120チャンネルを持つCATVは差し詰め情報の百貨店。そこにはありとあらゆる情報が、所狭しと並べられ、情報化社会の未来像を見る思いがした。
 今回は、なかでもその公共利用の草分け、「パブリック・アクセス・チャンネル」についてご紹介しよう。

1.高齢者の高齢者によるCATV

 ところは、マサチューセッツ州クインシー(Quincy)。70歳のフラン・コスグローブさん。今夜は彼女がディレクターだ。カメラの後でヘッドセットをしながら身構える。
 アーカンサソー州フェイテビル(Feyetteville)では、63歳のピーター・ハーキンスさん。ネクタイをきっと締め直し、スピーカーの具合を再確認する。生放送まじかの緊張した一瞬。しばらくすると、彼らの番組がお茶の間に放送されるのだ。
 一方サンディエゴのウエン・ホリッシェドおばあちゃん。コントロール・ルームのスイッチの前に腰をおろし、「ご近所探訪(Neighborhood Watch)」という人気番組を担当している。」(CommunityTelevision;AARPより引用)
 コスグローブさん、ハーキンスさん、ホリシャッドさん。みなもう退職した人たちばかり。もちろん白分たちの力でテレビ番組を作るなど、これが初めての人たちばかりである。生き生きした表情で、番組制作に取り組んでいるおじいちゃん、おばあちゃんたちの姿は、「高齢化社会」と呼ばれる現代に一筋の光明を与えてくれる。(写真1、2参照)
 ディレクター、カメラマン、演出・監督、そして出演者まで、皆全てお年寄りばかり。この既にリタイアしてしまった「シニア(老人)」ばかりで番組を制作するというユニークな試みの発端は、首都ワシントンD・Cに本部をおくアメリカ退職者協会(AARP:The American Association of Retired Persons)である。
 1985年1月から「モダン・マチュアリティー(Modern Maturity)」という番組を放映している。全米240ものCATV局で放映されているこの番組は、50歳以上のお年寄りのための番組で、お年寄りたちに関するさまざまな話題を放送してきた。
 これを契機に各地でお年寄り自身が番組制作を行なおうという気運が高まってきた。AARPではクリル・ブリックフィールド(Cyril Brickfield)さんを中心に作られた、お年寄りが番組の制作に当たる際のマニュアルまで用意しているのである。
 何か新しいものを生み出すという「創造」の喜びはこうしたお年寄りだけでなく、老若男女あらゆ世代の人たちに広がりだしている。

2.CATVのもうひとつの顔

 (前回お話したように)CATVの歴史は、テレビの電波が届きにくい山間地域などの難視聴地域から始まっている。それが通信衛星の利用によって、放送局が増え、番組制作社の数も質も向上して、現在のような発展を遂げている。
 そして映画や娯楽番組、各種専門番組などのモアチャンネルが、衛星から受信され、有線(ケーブル)によって各家庭に送られるわけである。
しかしCATVには、こうしたケーブル・テレビ(Cable Television)という顔の他に、もうひとつ地域ごとに、その町々に結びついた、コミュニティー・テレビ(Community Antena Television)という側面を持っている。
 アメリカの場合、CATVの番組は主に5つの形熊を持っている。(表1参照)

表1 CATVの番組の種類

ベーシック・サービス
ペイ・サービス
ペイ・パー・ビュー
通常テレビからの転送
自主放送

 

 べーシック・サービスとは、月額一定の視聴料を払うと見ることが出来る番置で、有名なCNNやスポーツ香組ESPNなどはこれにあたる。
 またベイサービスは、CATV局と特別な契約を結んで見られるチャンネルで、映画娯楽を中心としたHBO、アダルト向けのプレイボーイ・チャンネルなどがこれにあたる。
 またボクシングなどのタイトル戦などのように臨時で放映される番組なども電話で局に電話し注文をするとみられるペイ・パー・ビューと呼ばれるサービスもある。
 また3大ネットワークや他の通常の放送局の番組を転送している場合もある。
 そして最後に、その地域に根ざした自主放送、自主番組というものがある。これこそCATVのもうひとつの顔、コミュニティー・テレビの一面である。
 もっとも最初の自主放送というのは、1950年代初期モンタナ州の運営局、そして1953年メリーランド州カンバーランド(Cumber land)が最初であったといわれる。
 1960年代に入って、徐々に自主番組、自主放送は広がっていった。CATVの加入者が、まだ少ないこの頃は、この自主放送も内容的に貧弱なものが多かった。しかし、もっとも大きな発展を遂げたのは、1970年代に入って、通信衛星の利用、そしてフランチャイズ制度の導入が行なわれてからであり、その後は状況も一変してきた。
 もともとCATVというのは、大変に大規模な投資のいるもので、過当競争が起これば、この産業そのものが発展しないと考えられていた。
 そのため政府は、1地域1CATV運営会社というものを原則に業者の指定を行なったのである。勿論業者の選定は、入札が行なわれるわけだが、運営権を獲得した業者は、地域の自治体に対し売り上げの3〜5%支払うことが義務付けられている。また、多くの地域では、このフランチャイズ料金にプラス、数チャソネルを政府に使用させる条件が課せられている。
 それでは、このフランチャイズ制度によって使用権を与えられたチャンネルをどのように使っているのであろうか?ここにパブリック・アクセス・チャンネルの登場がある。

3.開かれたCATV
―パブリック・アクセス・チャンネル―

 パブリック・アクセス・チャンネル(Public Access Channel)とはCATVの公共利用、および公共機関によって提供されるチャンネルの総称である。
 これは特に、各地域、コミュニティーに密着した公共情報を提供したり、また地域住民の間のコミュニケーションを醸成したりと、地域の福祉・発展と密接不可分な所がある。
 このパブリック・アクセス・チャンネルが登場する契機になったのは、1972年FCC(Federal Communication Commission)という情報通信一般を扱う連邦政府の委員会が、全米で上位100社のCATV運営会社に対して、一般住民、教育関係、そして自治体・政府に自由に番組を放送できるフリー・アクセス・チャンネルの設置を義務付けたことから本格化する。
 このことによって、一般の人たちの誰もが、宗教・政治にかたよりがなく、良俗に反しないかぎり、自分たちが制作したビデオをCATV会社に持ち込めば放送してくれる、ということが可能になったわけである。
 冒頭にご紹介した、お年寄りによる番組制作などは、このフリー・アクセス・チャンネルの典型である。また大学で放送関係の学部を持つ場合、学校の授業としてこうした番組制作に従事する場合もある。
 また1974年には、AMC(American Media Center)がコミュニティーテレビ、つまり自主番組の制作者を養成するための研修生制度を開始し、カリフォルニア州、ニューヨーク州など8つの州に最初の研修生を送り出したのである。
 パブリック・アクセス・チャンネルが盛んになった今日も、大方の自主番組制作局は、スポンサーも少なく資金的に苦しいところが多く、こうした研修生やボランティアは重要な戦力になっている。
 例えばコロラド州の自治体が運営するコロラド・ガバメント・チャンネルでは、総勢20名の局のスタッフのうち17名が地元のボランティアや研修生である。
 彼らの多くは、将来放送関係の職につこうと志す人たちが多く、CATV局での仕事は彼らにとってもいい意味での職業訓練になっているわけである。夏休みともなると、多くのこうしたボランティアが集まってくる。
 当初はこうした自主番組制作局はお互いに、独立して運営していたが、やがて互いにネットワークを作り番組の交換を始めだした。こうした活動はやがて全国的な共同組織、NFLCPの発足へとつながってくる。

4.自主番組制作者の全国組識―NFLCP

 1976年、AMCによって送り出された、研修生たちは旧互の協力体制について話し合いを持つようになった。そしてレッド・バーンズ(Red Burns)氏、ジョージ・ストニー(George Stoney)氏らが中心となって、NFLCP(National Federation of Lacal Cable Programmers)が結成されたのである。
ここでは主に、地方のCATV自主放送制作者、プロデュ一サー、自治体関係者、学校関係者が組識化されている。
 結成された頃は規模も小さかったのであるが、NFLCPの役割は年とともに高まっていった。CATV局が自治体とフランチャイズ権の獲得交渉する場合、他の会社との競合上、どうしても公共放送のウェイトを高める必要があったからである。1976年当時、100しかなかった自主番組制作局は、こうした影響もあって今では1、200以上にもなっている。

5.パブリック・アクセス・チャンネルの種類

 もともとAMCの研修生として活躍し、のちにNFLCPの幹部を努めた、スー・ミラー・ブスケ(Sue Miller Buske)女史は、こう語ってくれた。
 「パブリック・アクセス・チャンネルとは地域が一体になってよりよいコミュニティーを作り出すための重要なメディアです。私達は、そういう哲学のもとに活動をつづけてきました。」と。

写真 3 研修生として番組制作を行うスー・ブスケ女史

 パブリック・アクセス・チャンネルは、4つの種類からなる。
 フリー・アクセス
   市民に対して開放されたアクセス・チャンネル。一般住民が自分たちの作ったビデオなどを持ち込んで放映してもらったり、住民に機械や施設などの使い方の教育を行なって、自由に番組制作をしてもらったりする。
エデュケイショナル・アクセス
   文字どおり教育にかかわるパブリック・アクセス。地元の大学などが公開講座を持ったりあるいは教会などが宗教教育を行なったりする。
 ガバメント・アクセス
   文字どおり、行政府、地方自治体などが運営する番組。議会中継や自治体からのおしらせなどが主な内容。
 ポリティカル・アクセス
   これは、いわゆる政治家(議員)、あるいは政治団体、政治活動のためのアクセス・チャンネルである。各政党の討論の中継を行なったり、市民集会の中継を行なう。

 さて次回は、このパブリック・アクセス・チャンネルの事例を一つ一つ見ていくことにしよう。

(松下政経塾 塾員)