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この目で見たアメリカ・テレコム最前線(3)
―公共分野における情報通信事例研究―

宇佐美泰一郎

 驚異的に発展したアメリカのCATV。前回は、その中でもコミュニティー・テレビとしての側面を持つ、パブリック・アクセス・チャンネルについて、その概論を述べてきたわけである。
 市民が自由に参加でき、積極的に町づくりに参加していくことが出来るパブリック・アクセス・チャンネル。今回は、具体的な事例について一つ一つ見ていくことにしよう。

A.市屋に開かれたフリー・アクセス
〜コックス・ケーブル(サンディエゴ市)〜

 冬でも半袖姿で町を歩ける温暖の地。メキシコとの国境まで車で1時間程の町、西海岸サンディエゴ。
 この町でのCATVの歴史は古い。地形的にみて比較的高い山が海岸べりに迫り、人口が多い割にテレビの電波が受信しにくかったことが、この町のCATVを発展させた。
 全米で最大規模の視聴者数を誇るCATV会社、コックス・ケーブル社(Cox Cable San Diego)も、ここサンディエゴ市に位置するのである。
 このコックス・ケーブル社で、政府公共関係の仕事を担当するドナルド・チャネル(Donald Channell)氏は、この会社で取り組んでいるパブリック・アクセス・チャンネルについて、こう語ってくれた。(写真1、2参照)
 「政府が行なっているフランチャイズ制度の関係上、我が社でもパブリック・アクセスは数チャンネルあります。実験的に始めたINDAXという双方向CATVのプロジェクトが発端になりました。これはオハイオ州のキューブ・システム(Qube Sytem)と同じようなもので、ブラウン管の前で視聴者から、番組が面白いかどうかを、 イエスかノーかで即時にフィード・バックできるようなものです。」と。
 「そして今では、市民グループが作った番組を自由に放送できるようにしています。特定の政治・宗教団体に偏りがなく、また性的な良俗に反しないかぎり、基本的にどんなものでも放送できるのです。学生や婦人団体、黒人グループ等が中心となっています。我々は特に内容には感知してません。ただ放送出来るような場所というか、空間・チャンネルだけを提供しているだけです。」
 チャネル氏は、フリー・アクセス・チャンネルに対してCATV会社として特別なことを行なっているわけではないとコメントした後で、面白いエピソードを聞かせてくれた。
 「しかし、市民が自由に参加できる唯一の空間であることは間違いないですね。以前も地元の教帥たちが、不良学生たちに、日頃の少年達の遊びを紹介する番組を作らせたというようなことがありました。」
 CATV局にとって、フリー・アクセス・チャンネルは、番組制作費の削減と視聴者参加が目的。そのために必要な技術指導や器材の貸し出しなども行なっているのが普通である。
 このインタビューを終えた後、チャネル氏の勧めで、最大の番組提供者を訪れてみた。地元サンディゴで、コミュニケーション学部という、ユニークな学部を持ったカリフォルニア大学サンディエゴ校である。あの有名なUCLAとは姉妹校に当たる。
 このコミュニケーション学部とは、主に放送関係、ジャーナリズム関係等、マスコミ全般を志望する学生を対象とした学部で、番組制作それ自体が、ここの学生たちに取ってみれば、授業なのである。
 大きなスタジオまで学校内にもつこの学校。すでに1OO本以上もコックス・ケーブルで放送してきたそうである。内容も「魚が海に浮いた」というタイトルの現境汚染を訴えたものや黒人問題を扱ったものから、シェ一クスピアの演劇まで多種多様。内容もプロはだしなものばかり。
 やがてこうした学生たちが育って、数年後には、驚異的な情放化社会を支えるのかと思うと、ただただ納得させられるばかりである。

B.市民への情報化教育
〜FCAC(バージニア州)〜

 本連載の第1回目に取り上げたバージニア州フェアファクス。120チャンネルもの巨大なチャンネル数を誇るCATVである。
ここにも数チャンネルのパブリック・アクセス・チャンネルが存在する。以下の表がフェアファックスにおけるパブリック・アクセス・チャンネルの一覧表である。

フェアファックスのパブリック・アクセス・チャンネル一覧表
【Ch.8】 The Local Channel
  地元地域のニュースやバラエティー番組
【Ch.10】 Fairfax Cable Access Ch.
フリー・アクセス・チャンネル
【Ch.12】 Fairfax City Government Ch.
24時間放送によって、テレビ掲示板(地域の催物、市からのお知らせ)、および市議会の中継、市のイベントなどの中継。ガバメント・アクセス。
【Ch.16】 Fairfax County Government Ch.
  フェアファックス地域の出来事を集めた情報番組。ガバメント・アクセス。
【Ch.21】 Fairfax County Public School
地元の学校関係のニュース。人気番組は、なんといっても、地元の先生を交替で登場させ学生からの電話による質問に答えさせるテレビ塾。エデュケイショナル・アクセス。
【Ch.38】 Falls Church City TV
  地元の教会が主催するチャンネル。主に、宗教教育、公共情報。エデュケイショナル・アクセス。
【Ch.44】 Fairfax County Public Library
  24時間の図書館情報。および芸術、文化教育番組。エデュケイショナル・アクセス。
【Ch.48】 George Mason University
  連邦政府が正式に単位を認めた、テレビ講座。教育情報。エデュケイショナル・アクセス。
【Ch.49】 Northern Virginia Community College
  大学が正式に単位を認めるテレビ講座。

 以上が120チャンネルの中で放送されているパブリック・アクセス・チャンネルの全てである。中には、フリー・アクセス、エデュケイショナル・アクセス、ガバメント・アクセスなどの種類が存在する。
 さてそれでは、こうした公共的なCATV番組制作者と地方自治体、そしてCATV局との関係は一体どうなっているのだろうか?
 まず地方自治体は、フランチャイズ制度にもとづきCATV会社を選定する際、総売上の3〜5%程度のフランチャイズ権料を定めると同時に、公共放送のためのチャンネル数を定める。
 これに基づいて、自治体は番組制作者に対して制作費としての予算援助を行ない、これによって番組制作を行なうというものである。
 私はこれらのパブリック・アクセス・チャンネルの中でも、チャンネル10のFCAC(Fairfax
cable Access Channel)を訪れることにした。
 ワシントンD.C.から地下鉄で真っすぐ西の外れまで乗っていくと、ノーザン・バージニア大学(Northern Virginia College)のキャンバスが見えてくる。広いキャンバスには、ポツリポツリと離れて校舎が建っている。
 入り口から10分程歩いていったところに、大きなパラボラ・アンテナが建てられた校舎が目に入ってきた。この校舎の3階にFCACがある。余談であるが、驚いたことにこの校舎の中には、地元のコミュニティー・ラジオのスタジオなどもある。こうした公共放送に対して、大学が場所を提供しているわけである。
 FCACの香組制作責任者であるクリフ・ホール(Cliff Hall)さんが、私の質問に色々答えてくれた。

 ホールさんによれば、1981年の10月、正式にFCACは非営利のヨミュニティー・テレビとして発足した。当初の目的は、積極的に市民を巻き込んでいこうということで、自治体などの政府期間に依存しない独立した団体とした。
 これは自治体が直接、番組制作にあたった場合、どうしても自分で自分を批判できないために、中立的な立場から批判していく必要があったというのである。
 ここに「市民が積極的に、そして独自にコミュニティーを作っていく」というパブリック・アクセス・チャンネルの思想を見ることが出来る。
 この設立に当たっては、地元の代表を集め、徹底的な討論によって、こうした形態を取るようになったそうである。
 ホールさんはこう語る。「設立当時は、24人のスタッフと自治体からの援助資金で始めました。スタッフはテレコムに興味を持った人ということで新聞広告で広く市民に呼び掛けたわけです。ただし政治家だけは入れませんでした。パブリック・アクセスには、政治家や政府を監視し、積極的に市民の声を政治の舞台にぶつけていくという使命があると考えたからです。」
 そして1983年から設備を整備し始め、翌年1984年5月より午後5時から8時迄の間で最初の放送が始まったわけである。
 また財政的には、運営にかかる年間の予算が、約60万ドル(約9千万円)であり、設立当時の基金および色々な財団や企業からの寄付金によって賄っているのが現状で、やはり財政的な苦しさが最大の課題ということである。
 放送の内容は、フリー・アクセス・チャンネル。つまり一般市民が制作した番組を放映するというものである。
 このFCACの番組について、質問したとき、ホールさんは大変興味深い答をされた。
 「我々のような設備であれば、一般の商売でやっているテレビ・チャンネルのような番組等到底できません。ですから始めから発想が違うんです。商業べースで儲けようとするんでなく、ようするに市民に対して場所を貸すということなんです。」と。
 内容はもう様々。小学校の演奏会場にカメラを持ち込んだり、民主党の青年会の集まりでの議論を録画中継したり、地元の商工業者向けの経済情報があったり。とにかく市民が作ったものなら原則的になんでも放送してしまおうというものである。
 一番の人気番組は、「フェアファックス・マガジン(Fairfax Magazine)で、毎日夕方6時からの1時間、生放送でスタジオから放送している。キャスターは地元のボランティア。出演者も同じくボランティアで地元での出来事やニュースを中心に放送。中でも人気があるのは毎日各家庭の奥さん方に登場してもらって、自慢料理を紹介してもらうコーナーである。
 地元の人たちばかりだから、知った顔が登場することもよくあるだろうし、ひょっとしたら自分にもおよびがかかるかもしれないというのが、こうしたCATVの良さでもある。
 小学生の演奏会なども面白い。撮影は本格的な放送用カメラでとっているから、一瞬テレビを見ると、どこのオーケストラの演奏かと乗り出して見るのだが、演奏しているのは、ちっちゃな演奏家たちばかりで、可笑しなものである。
 おそらくこの番組を見ている家族などは、「あ、ほらほら隣のジョージよ。なかなかうまいわね。」「おかあさん、ほらみて。僕がでてきた。右端のほう。ほらほら。」「あら本当だ。」というような会話を交わしているかと思うと、一般の大規模な商用チャンネルでは、得られない味わいがある。
 私がスタジオを訪れた日も、エジプトから帰ったばかりというムハマドさんが自分の旅行記をビデオに収めその編集に余念がなかった。

 「こちらのスタッフの方ですか?」と、危なげない手さばきで編集卓の前に座っていたムハマドさんにそう尋ねると、
 「いいえ。一般のものです。いまここで放送してもらうために、映像の編集を行なっているんです。」と答えてくれた。
 ここでは、機材の一切を一般の市民に開放してくれる。高額な放送用のカメラも貸し出してくれるのである。
 ホールさんは、「一般の方々に多くの番組を作ってもらうために放送用のカメラや機材、またスタジオや編集機などの賃し出しを無科で行なっています。常に3台のカメラは貸し出し用として置いてあります。こちらのムハマドさんももう1週間ほどこちらに通われて編集して見えますよ。」

 私はすかさず、「しかし普通の人であれば、こうした特殊な機械は使い方が難しくて、使えないのでは?」と聞いてみた。
 「使い方については我々スタッフが希望者にその都度お教えしておりますし、またそうした番組制作の技術ついても定期的に教室を開いて、教え
ております。」と。
 この教室は、一般市民が自分たちで番組づくりが出来るように、プロデュース、撮影、ライティング、オーディオ、編集、グラフイック、スタジオ運営までをそれぞれ週1回から2回、$10から$30までの授業料で教えているわけである。

 1万5千人の約1割の、1千5百人の受講生が1年間で受けにくるというから、大きな比率である。
 これについてホールさんは、「ピンポンに例えるといいかも知れません。ピンポンをしようと思えば、台もネットもラケットもボールもいる。そして、その使い方を教えなければなりません。我々はこうした道具の一切をお貸しし、また使い方も教えています。しかし、それを使うプレーヤーは、あくまでも一般の方々です。我々は裏方に徹しているのです。」と自信ぶかげに答えてくれた。
 パブリック・アクセス・チャンネルの主役はあくまでも市民である。その市民の中から、豊富で大量の情報提供者があらわれてくる。このことがパブリックアクセス、そしてひいては、真の高度情報化社会に不可欠なことだと強く実感させられる言葉であった。

(松下政経塾 塾員)