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この目で見たアメリカ・テレコム最前線
この目で見たアメリカ・テレコム最前線(7)
―公共分野における情報通信事例研究―
宇佐美泰一郎
前回は、全米でかなりの普及率を誇るパソコン通信の高度利用ということで、「オンライン・シンクタンク―メタネット」をご紹介させて頂いた。これは、大企業の幹部、大学教授、軍幹部など各界のトップをパソコン通信を使ってむすびつけるという先進事例であった。
今回は、さらに進んでパソコン通信が、組織運営・企業経営などにおいて、戦略的な役割をおこなうという視点で、1988年アメリカ大統領選挙での活用事例についてご紹介したい。
戦略的情報システム(SIS)の時代
「戦略的情報システム(SIS:Strategic Information System)」という言葉が最近よく使われるようになってきた。
これは、もともと企業や組織内の業務の効率化・合理化という視点から出発した「情報化、コンピュータ・ネットワーク」がいまや競合他社との熾烈な競争を勝ち抜く、「企業の生き残り戦争」にとって最大の武器となってきたということであ
る。
有名な話だが、アメリカのエアライン・システムの例がある。アメリカン・エアラインなどの先端的航空会社は当初は、自社内の合理化を目指して、顧客に対する座席予約システムに始まり、運航スケジュール管理、パイロット・スチュワーデスなどの乗務員管理等のシステム構築を行なっていった。
これらの端末は、組識内のオフィスだけに止まらず、空港のチェックイン・カウンター、チケット・カウンターから始まって、町の旅行代理店などに広くおかれるようになる。
やがてこれらの端末からは、飛行機の座席予約・変更にとどまらず、全米のホテルの予約、レンタカーの予約なども1台の端末で行なわれるようになってくる。
このことで、旅行代理店側にも大きなメリットを与えたが、より大きかったのはこのことで、旅行業界そのもの系列化が進んだということである。
つまり他の航空会社からみれば、自分の会社で新しくネットワークを一から構築すれば、多大なコストがかかる。しかも旅行代理店からしても航空会社ごとに何台もオフィス端末を置くスペースもない。このことで、アメリカン・エアラインに対しシステムの借り賃を払った方が得という格好になる。
そしてアメリカン・エアラインからすれば、もっと大きかったことは、発券のタイミングの早さによる収益の向上である。
つまり例えば、ニューヨークからロス・アンジェルスまでの予約を入れたいとすると、システムはまず、アメリカン・エアラインに座席が空いているかどうかを聞きにいき、もしなければ他の航空会社を調べにいくという具合である。
このタイミングの差によって、当然のことながら、きわめて大きな収益の向上につながったわけである。今では、アメリカン・エアラインの情報システム部門は独立会社となり、グループ全体の中でも最大の収益部門の一つとなっている。
(これは余談だが、このシステムに異を唱えた業界関係者に対して、アメリカン・エアライン側では、「我々は、American Airline。あくまで調べにいく順番はアルファベット順におこなっています」と答えたというからたいしたものである。)
このアメリカン・エアラインの事例でもわかるように、社内のコンヒピュータ・ネットワークを戦略的に社外まで拡大していったことによって、企業の経営戦略そのものが大きく変わっていったわけである。日本の場合も、こうしたSISの事例は、「花王」など先端的な企業で今着々と進められている。
究極のSIS
さて改めて話を、パソコン通信に戻したいと思う。先にのべたアメリカン・エアラインのような戦略的情報システム(SIS)という視点からパソコン通信(電子会議、電子掲示板、データベースなど)を考えたとき果たしてどういう位置付けでとらえたらいいのだろうか?
(前回の連載で取り上げた)メタネットを振り返ってみよう。自らの組識には、極少数のスタッフしかいないが、内外の頭脳を結びつけ、さらに高度な「知的共同生産の作業」を企業としてのビジネスそのものとしている点においては、まさしく戦略的情報システムそのものといえるだろう。
さらに普通のコンピュータ・ネットワークと異なるのは、単なるネットワーク端末を結合するのではなく、創造性と柔軟性をもつ「人間の頭脳」そのものをネットワークしていることにある。
通常のコンピュータ処理であれば、大規模の情報を瞬時にして処理し、分析することは可能である。応用範囲を人工知能(AI)まで広げれば、過去のデータやパターンを学習したり、新しいパターンを類推したりすることも可能になってくる。
しかし、人間本来が持つ「創造性」、「柔軟性」などの部分をコンピュータで補うことは極めて困難なものである。
メタネットは、まさしくこうした人間の優れた部分を相互に結合しようとした、ある意味で、「究極のSIS」と呼ぶこともできるだろう。
その証拠に、このメタネットの「パソコン通信を使った究極の戦略的情報システム(SIS)」というコンセプトは、全米における4年に1度の最大の戦いでもある、大統領選挙にも導入されたのである。
大統領選挙におけるパソコン通信の活用
〜選挙の背景〜
1988年、レーガン大統領による2期8年の任期が明け、次代のアメリカを占う大統領選挙であった。レーガン政権の副大統領として活躍した共和党ブッシュ候補に対して、議会ではカを持ちながら長年ホワイトハウスからは遠退いていた民主党が政権奪回をかけて望むという戦いであった。
ソビエト、ゴルバチョフ書記長の「ペレストロイカ」、開放政策・平和攻勢によって変貌化しつつある米ソ関係。
そして巨大な財政赤字・貿易赤字という双子の赤字を抱えて瀕死のアメリカ経済。また、対日貿易赤字の重荷を背負い、ますます深刻化する対日貿易摩擦。
メキシコ、ブラジル等、足下に迫った累横債務問題と、アメリカはレーガン大統領の標傍した「強いアメリカの復活」から、さらに突っ込んだ政策展開を必要とする。時まさに重要な時間であった。
どちらかというともともと、大企業などの大規模組織をバックに持つ共和党に対して、民主党の支持母体は女性、黒人・ヒスパニックなどどちらかといえば幅広い草の根展開を行なっている特徴を持っている。
今回の選挙では、民主党の立場として、「アメリカの新しいリーダーシップ」を幅広く大衆に訴えなくてはならなかった。
しかも混迷した時代背景のなかでは、幅広く国民の意見を吸い上げなくてはならないのも事実である。こうした背景が大銃領選挙でのパソコン通信の活用ということにつながっていったのである。
〜飛び込んできたビッグニュース〜
メタネットでの研修もちょうど板についてきた頃のことである。外回りからオフィスに帰ってきたところ、いつもと様子が違うのである。
「サム(私のニックネーム)、すごいわよ。すごい。」と、電子会議の運営者として活躍しているリサ・カールソンさんが、有頂天で私に話し掛けてきたのである。他のメンバーもいつもと違う興奮状態である。
「なにかあったんですか?」と聞いてみると、「民主党のポール・サイモン候補がパソコン通信を大統領選挙で使いたいといってきたの」とリサさんは、躍るような声で答えたのである。
それから2ヵ月がたち、もうひとり別の候補であるおなじく民主党のアルバート・ゴアもまた同じように大統領選挙でパソコン通信を導入するということで、メタネットに依頼があった。
もともとこうしたパソコン通信を大統領選挙でもちいるのは、1984年「ハート旋風」を巻き起こした、ゲーリー・ハートが最初でもある。
しかし、本格的な形で、しかも自らの議員事務所の中でホスト・コンピュータまで運営しようというのは、初めてのことである。
リサ・カールソンさんは、話を続けた。
「彼らはメタネットの活動と戦略的な効用について理解してくれたのよ。」と。
この思いもかけないビッグニュースが、まいこんだ、その日以来我々メタネットのスタッフは「大統領選挙におけるパソコン通信の戦略的な活用」という史上初の壮大な実験を開始したのであった。
〜パソコン通信の戦略的活用〜
ポール・サイモン候補、そしてアルバート・ゴア候補ともに、パソコン(IBM AT)をセンター
ホストとして、またソフトはメタネットで使っているコーカス(CAUCUS)を用いて、パソコン・ネットワークの運営をはじめた。
(セキュリティーの関係もあって)ホストは自分たちの議員会館の事務所の中に置いた。そして毎日メタネットのスタッフが事務所に入り、センターのオペレーション、また戦略的な活用に関して何度もミーティングを重ねていった。
彼らの活用の重点は、主に3つのポイントからなる。
@ 組識内コミュニケーション
A 外部プレーンとの政策立案
B オンライン後援会
国内だけでも、東海岸と西海岸では3時間もの時差がある全米をすべてカバーした選挙活動を展開しなければならないのが、大統領選挙である。この中で並み居る候補を相手に戦いを展開するためには、当然情報の伝達、指令など相互のコミュニケーションこそ、活動の生命線である。
上にあげた3つの活用のポイントも当然そうした背景をベ一スに生み出されていったわけである。
〜組織内コミュニケーション〜
活用の最初は、組織内コミュニケーションである。通常選挙では、選挙対策本部というセンターを作る。当然ここでは、候補者のPRならびに敵の情報収集そして選挙戦略の決定など、いわゆる作戦会議本部の役目を果たすわけである。
これにたいして、全米各地をくまなくカバーするために、各州ごとに(あるいは地域ブロックごとに)その地区を担当するブランチ、つまり地区本部がある。
この地区本部を中心として、それぞれの町ごとに運動員、支持者が運動組識を作っているわけである。
大統領選挙の特徴は、こうした広い範囲をカバーすることと同時に、州ごとの選出であるために他の州の動きが別の州の展開にもかかわってくるということである。
たとえば、候補がアラバマ州で他候補にディべイトで敗けたということは、すぐさま他の州、そして運動自体に影響を及ぼしてくるわけである。ここにパソコン通信の利用がある。
* スピーディーな情報伝達
* 池州の地区本部との協力・情報交換
* 候補者の演説原稿の検討
* 選挙活動自体の戦略会議
たとえば、こんなことがある。**月**日のテレビ討論会での候補者の評判はどうだったか、演説の内容、服装、話し方はどうだったか、などなど各地での反応は、直く様パソコン通信で集められ、次からの対応に活かしていくことができる。このように一つは選挙組織内でのコミュニケーションに使われたということである。
〜外部ブレーンとの政策立案〜
通常、大統領選挙になると、各候補とも大学教授やアナリスト、評論家など色々な形で外部にブレーンをもっているものである。
彼らにとっても、大統領は自らの理論を実際の政治の舞台で実行してその有効性を実証してくれるのでメリットが大きい。たとえばレーガン政権では、サプライサイダーの立場からフリードマン教授が知恵袋であった。
ところが、こうした外部ブレーンも選挙対策本部のあるワシントンにすんでいるとはかぎらない。むしろ全米中に広がっているわけである。
そこでパソコン通信によって、外部のブレーンと作戦参謀との間で入念な政策会議が行なわれる。こうしたオンライン政策会議のメリットは、外部のブレーン同志の会議でもあるので、お互いの理論同志が互いに刺激をしあっておもわぬ新理論が生まれるケースもある。
〜オンライン後援会〜
最後にオンライン後援会である。選挙における最下部組識というのは、各州の運動員、後援会員のレベルである。
通常であれば、彼らの世諭なり意見は、地区本部で取り纒められ、選挙対策本部に伝えられ、その後政策立案に反映されるわけである。
しかし、通常の場合であれば、こうしたルートでも十分に対応できるかも知れないが、選挙戦の最中などは、国民世論の変化を見逃すとまさしく命取りになる。
ここでパソコン通信の組織上の戦略性があらわれてくる。実際に末端の運動員や支持者、後援会員が会議に参加し、国民の底辺に存在する世論なりを的確に政策に反映させようということである。
もうひとつ意外だったのは、普通候補者を通じてその支援者という形であつまった組織だが、この電子会議によって、支援者同志の横の連帯関係が芽生え、予想外の盛り上がりを見せたのである。
選挙での勝利という明確な目標を共有した彼らにとっては、こうした連帯はツールさえあれば容易なのかもしれない。
パソコン通信が単なるデータのやりとりとは違って、人間の頭脳そのものを結合した戦略的な武器になりうることの一端は、今回のおおいなる試みで証明されたことだろう。
(松下政経塾 塾員)
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