トップ / 改革理論 / この目で見たアメリカ・テレコム最前線


この目で見たアメリカ・テレコム最前線(6)
―公共分野における情報通信事例研究―

宇佐美泰一郎

前回までは、CATVの市民による活用ということでパブリック・アクセス・チャンネルを、そしてパソコン通信による地域の活性化という事例をご紹介してきたわけであるが、今回はさらにパソコン通信を効果的に使ったオンライン・シンクタンクの例をご紹介していきたい。

1.「報」の時代から「情」の時代へ

「高度情報化」とか「情報化社会」とかいうことで、「情報」という言葉が時代のキーワードとして巷で氾濫しているといえる。
ところが、ここでこの情報という言葉の語源をたどってみると、全く違う言葉の組合せということがわかる。
まず、「報」というのは、勿諭「情報」という意味なのだが、どちらかといえば誰も知らない「情報」を自分だけが知っていることによって、価値があるもののことを指す。
特殊な技術や発明などは、まさにこの「報」というジャンルの「情報」にはいることだろう。
これに対して「情」とは、確かに伝えることによって初めて価値のうまれるもの、そしてより多くの人が知ることによって、さらに一層の価値が増幅される「情報」のことである。
例えば、戦国時代の合戦の折り、敵の侵入を高いものみ櫓から見張っている人間は、敵の侵入を発見したとたんに、それも味方の陣営に逸早く伝えなければ、その「情報」は生きてこない。
しかもその情報が味方の軍勢に伝達され、兵士ひとりひとりがその「情報」を的確に把握してこそ、大いにその「情報」としての価値は増幅されてくる。
この二つの「情」と「報」という異なる意味を持った「情報」を考えてみたとき、テレコム新時代においては、「情」つまり伝えること、コミュニケーションによって、価値が増幅されてくるものである。
しかもより早く、より的確に、より多くの人たちとの間で情報の共有を行ない、「情報」の価値を増幅、創造していく、そういう時代への移り変りでもあるだろう。
今回ご紹介するのは、それぞれ独自の得意分野を持った専門家同志が互いに知恵を集め、「知的共同生産」を行ないながら研究活動を進める、オンライン・シンクタンクの事例である。
(私事で恐縮であるが、)私はこの研究機関において約半年近くにわたって企業研修をさせて頂いた。この事例発表はその折りの研修論文から抜粋したものでもある。

2.高度情報化社会における新しい人間関係と社会組織
〜国際的オンライン・シンクタンクメタネット企業研修報告〜

概要
電子会議を用いて、世界中の頭脳をネットワークし、高い理想を現実社会の中で実践するメタネット。「一体どのように実践しているのか自らの体で学ぼう」という問題意識のもとに、筆者は約4ヵ月問、ワシントンDCを拠点とし、このメタネットを運営するメタシステムズ・デザイン・グループでの企集研修を行なった。
ここでの私の研修内容は電子会議を主催したり、これに参加することであった。専門家同志が「衆知を集める」というテレコムの画期的な事例を自ら体験できたことは、大変印象的でもあった。

メタシステムズ・デザイン・グループ(MDG)

この会社は1982年に社長のフランク・バーンズによって設立され、主として政府や軍隊、企業などにおける組織問題に関するパソコン通信を利用したコンサルタント会社である。その他に電子会議用ソフトウェアの販売、パソコン・ネットワークの運営業務を行なう。メタネットというのはこの中の電子会議の一つである。
「この会社の従業員の方は一体何人いるのですか?」研修第一日目、私はこう質問した。これに対し、この会社のメンバーの一人のリサ・カールソンはこう答えた。「この会社は今までの会社組識と全く違って色々なネットワークを超えた、さらに上のレベルのネットワーク・グループなの。オフィスにいる従業員は5人だけど、私達の仲間は世界中に数えきれないくらい広がっているのよ。」

この言葉は、図1の概念図のように、人と人との繋がりである様々なネットワークを包含するような形で、さらにもうひとつ別のネットワークが存在する。これをさらに広げていけば、彼らの目漂である地球全体をカバーするグローバルなネットワークヘと発展していく。このようにネットワークを超えたネットワーク、メタ(何かを超えるという意味)ネットワークというのがこの会社の基本的な哲学なのである。

組織変革の実践理論 0T(Organizational Transformation)
このような哲学の背景には、フランク・バーンズ社長の独特な経歴がある。国防総省ペンタゴンの特殊プロジェクト、デルタフォースのリーダーとし招聘を受けた彼は、ベトナム戦争によって痛手を受けたアメリカ軍隊の再建をかけて、約350名の研究員を集めた。これは「価値観の変換」、「革新的なチームワーク」、「地域共同体」などのテーマについて、システム論をべ一スに(禅や東洋恩想迄も含めた)国際的な研究プロジェクトである。ここから生まれたのが、以下の2つの柱から成る、0T(Organizational Transformation )という組識変革のための実践理諭であった。

(1) 組識レベルの進化

フランク・バーンズによれば、組識は主に4つのレベルを経て進化発展する。まず第一の段階では、過去の結果に縛られ、環境に左右されながら、罰則主義の強制的なリーダーシップを行なうバラバラな組識(Fragmented)の段階、第二に、現在の生産性に追われチーム・プレーを主体とし、教育的なリーダーシップを行なう封建的な組識(Hieratchy)の段階。第三に、未来に向かっての目漂を掲げ、組織としての戦略に重点を置き、前向きな目標管理によるリーダーシップを行なうマトリクス型の組織(Matrix)の段階。最後に、共通の価値観をべ一スに、より高い理想とさらなる発展を目指して、互いの夢を共有した情熱的なリーダーシップによるネットワーク型の組織(Networks)の段階である。組織はこうした4つの段階を経て進化発展していくという考え方である。

(2) 組識内部のコミュニケーションの役割

こうした組識のレベルを、より上のレベルヘと発展させるためには、組識内部のコミュニケーションの役割が極めて大きい。これには組識の人間があるテーマに対して互いの意見や考え方を集め(SCAN)、そこから共通の意式や明確な計画を導きだし(FOCUS)、実際の行動をおこす(ACT)という一通のステップがある。こうした3つのステップを円滑に運営し、しかもそこから全員に共通する価値観や目標を見つけだし、「衆知を集める」という過程をとおして組織がレベルアップするというわけである。
フランク・バーンズはこの考えに立ち、ペンタゴン内部でパソコン通信(なかでもとりわけ電子会議)を導入して、組織変革の実験を試み、大きな成功を収めた。その後、彼は軍隊のみならず、政治・経営など様々な社会の分野において、この理論を実践し、実際に社会を変革していくために、電子会議という「新しい武器」を用いたMDGという会社を設立したわけである。

国際的オンライン・シンクタンク メタネット

(1) 革命的電子会議 コーカス

電子会議というのは、パソコンやワープロで作った文章を電話回線を通じてホスト・コンピュータと呼ばれる中央のコンピュータに送り、お互いの意見をやりとりしながら会議を進めるという、パソコン通信の中の機能の一つである。
電子的にやりとりするというものの本質的には通常の会議とは変わりがない。しかし何時でも何処からでも会議に参加でき、自分の意見を整理したのち、冷静に時間をかけて論議できるという利点がある。従来のソフトウェアの場合、その構造上その分野に興味を持った特定の限られた人々による閉鎖された会議であり、別の会議の人々との交流は困難であった。しかし、MDGではより深い人間関係を作り、それによって組織の変革を行なうという目的で、全く新しい革命的な電子会議システム「コーカス(CAUCUS)」を開発し使用している。

(2) メタネットの会議内容

メタネットの特徴の第一として上げられるのは、会員の質の高さである。大企業の幹部、実業家、軍隊関係者、政策スタッフ、政治家、大学教授といった実に多彩な顔触れである。会員の質の高さから自然に会議の内容は、政治、経済、国際問題あるいは、組織論、リーダーシップと経営、教育問題、女性解放問題、環境問題などで、各分野の専門家である会員が、会議の議題を提供しそれに引き続いて、会員相互間のディスカッションが行なわれるわけである。例えば、ある大学教授が主催した目米貿易摩擦に関する会議は、約2ヵ月の間に107発言が日米の間で行なわれ、しかも一つ当たりの発言の量はかなり多く、密度の濃いものである。もしこれだけの内容を国際会議で行なうならば準備も含めて相当の日数を必要とするだろうが、これが居乍らにして出来るというわけである。しかもそれぞれが時差に関係なく自分の好きな時間を使って会議に参加できるから、お互いに無理をすることなく、長く継続的な話が出来るわけである。特に国際平和や環境問題などの議論には効果を発揮することだろう。
この他にも、組織問題や、あるいはアメリカの財政赤字をいかに克服するかといった政治問題、あるいは難民の救済策についての会議室、あるいは教育問題など様々な議題について常時継続的に話し合われている。
これは、単にその分野の専門家だけでなく、一定のメンバーが異なるテーマに関して話し合うというものであり、テーマによって人間関係は限定されない。例えばある分野ではAという人が会議をリードし、別の分野ではBという違う人が会議を指導しながら進める。このことで、それぞれが自分の得意の分野で持味を発揮し、お互いが足りない部分を補いながら、ともにレベルを高めあうというのである。このことによって、それぞれが平等で自立した自由な個人としてのつながり、ネットワークが生まれてくる。

メタネットの人間関係
〜盲目の自由人 マイケル・エッセマン〜

私が研修を始めて1ヵ月程して、メタネットの会員を集めてのパーティーが行なわれた。この時、私は衝撃的な人物と出会った。彼の名前はマイケル・エッセマン。電子会議の中では互いに話し合いよく知っていたのだが、彼に初めて逢ったときは、驚きと衝撃に襲われた。電子会議のうえでは、あんなによく発言し気さくな彼が、全く目の見えない盲目の人だったのである。
オフィスのドアを開け、ゆっくりと杖をつきながら彼が入ってきた。
「はじめまして。ぼくがマイケル。よろしく。」
彼の表情には笑みが絶えない。私は敢て聞いてみた。
「マイケル、君が全く目が見えないなんて知らなかった。」
マイケルは、ニコリと笑いながら、
「皆同じことを言ってたな。僕が目が見えないってこと、初めは誰も信じなかったよ。」
彼の言葉には自分が身障者である事への気後れは全く感じられない。
「サム(私のニックネーム)、僕がどうやって皆と会話してるか見せて上げるよ。」といって、彼はデモンストレーションをしてくれたのである。

 まず送られてきた文章をどうやって読むかということであるが、写真のように小さな音声発信装置と専用の特別なソフトを用いる。この機械がまず文章を読み上げてくれ、こちらから発言するときにも、手探りでキーボードを探し、Aなら「A」と打ち込むと、この機減が「エー」と読み上げてくれる。最後にピリオドを打つと今度はその文章全体を読んでくれるのである。
 私は唖然として彼の操作をみていたが、最後にこう聞いてみた。
「マイケル、すごい。驚きだ。一つ聞きたいんだが、これを使い始めてから君の生活はどう変わったの。」彼は自信に充ちあふれた声で、こう答えた。
「サム、僕の人生はこれで一変したよ。僕たち身体障害者は、ともすれば自分の殻に閉じこもって、その世界の中だけで生活してしまうものだ。たとえ親切な人がいても、結局は差別や偏見は拭いされない。それに僕たちの体では動き回って友達を見つけることすら出来ないのが普通さ。しかし、電子会議の世界は違う。いつでも好きな時に、世界中の友違と話すことが出来る。この世界では、目が見えない、ということでの偏見もないし、自由に飛び回って新しい友達を見つけだすことが出来るんだ。これがなかったら、皆に逢うためにこうして出てくることもなかったと思うよ。自由で平等なこの世界は僕に、かげがえのない勇気を与えてくれた。」
 一般に電子会議などというと、「血の通わない非人間的なもの」と思われがちだが、これは全くの先入感にすぎない。広いアメリカ大陸のなかで、忙しい仕事を抱えた彼らにとって、より多くの人たちと深く付き合い、自分の世界を広げ、人との出会いの喜びを実感することは楚しい。ここで紹介したマイケルに限らず、時間に制約されず、何時何処からでも居ながらにして、今まで知らなかった人たちと知り合うことができ、長く継続的に話し合う人間関係を築いていくことの出来る、この世界は私達にも、もう一つの「かけがえのない勇気」を与えてくれるであろう。
 なお、今回の事例については、拙書「パソコン通信はあなたの組繊を変革する」(東京書店)により詳しく取り上げて報告をさせて頂いている。

(松下政経 塾員)