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第1章 高度情報化社会における新しい人間関係と社会組織

〜国際的オンライン・シンクタンク メタネット企業研修報告〜

第1節  概  要

 電子会議を用いて、世界中の頭脳をネットワークし、高い理想を現実社会の中で実践するメタネット。「一体どのように実践しているのか自らの体で学ぼう」という問題意識のもとに、筆者は約4ヵ月間、ワシントンDCを拠点とし、このメタネットを運営するメタシステムズ・デザイン・グループでの企業研修を行なった。

 ここでの私の研修内容は電子会議を主催したり、これに参加することであったが、この研修を通じて学んだ最も大きな事は、「情報化社会においては情報を維持し発展させていくために、教育、啓蒙、リーダーシップなどの人間的な要素が大変重要であり、またネットワーク型の組織構造が情報化を進めるうえで不可欠な社会的インフラ(基礎的条件)だ。」ということである。本章では、こうした高度情報化社会における人間的および社会的な要素の重要性について研究する。

第2節 メタシステムズ・デザイン・グループ(MDG)

 この会社は1982年に社長のフランク・バーンズによって設立され、主として政府や軍隊、企業などにおける組織問題に関するパソコン通信を利用したコンサルタント会社である。その他に電子会議用ソフトウェアの販売、パソコン・ネットワークの運営業務を行なう。メタネットというのはこの中の電子会議の一つである。
「この会社の従業員の方は一体何人いるのですか?」研修第一目目、私はこう質問した。
  これに対し、この会社のメンバーの一人のリサ・カールソンはこう答えた。
  「この会社は今までの会社組織と全く違って色々なネットワークを超えた、さらに上のレベルのネットワーク・グループなの。オフィスにいる従業員は5人だけど、私達の仲間は世界中に数えきれないくらい広がっているのよ。」              

 この言葉は、人と人との繋がりである様々なネットワークを包含するような形で、さらにもうひとつ別のネットワークが存在する。これをさらに広げていけば、彼らの目標である地球全体をカバーするグローバルなネットワークヘと発展していく。このようにネットワークを超えたネットワーク、メタ(何かを超えるという意味)ネットワークというのがこの会社の基本的な哲学なのである。

第3節 組織変革の実践理論OT(OrganizationalTransformation)

このような哲学の背景には、フランク・バーンズ社長の独特な経歴がある。国防総省ペンタゴンの特殊プロジェクト、デルタフォースのリーダーとして招聘を受けた彼は、ベトナム戦争によって痛手を受けたアメリカ軍隊の再建をかけて、約350名の研究員を集めた。これは「価値観の変換」、「革新的なチームワーク」、「地球共同体」などのテーマについて、システム論をべ一スに(禅や東洋思想迄も含めた)学際的な研究プロジェクトである。ここから生まれたのが、以下の2つの柱から成る、OT(OrganizationalTransformation)という組織変革のための実践理論であった。

(1)組織レベルの進化

フランク・バーンズによれば、組織は主に4つのレベルを経て進化発展する。まず第一の段階では、過去の結果に縛られ、環境に左右されながら、罰則主義の強制的なリーダーシップを行なうバラバラな組織(Fragmented)の段階。第二に、現在の生産性に追われチーム・プレーを主体とし、教育的なリーダーシップを行なう封建的な組織(Hieratchy)の段階。第三に、未来に向かっての目標を掲げ、組織としての戦略に重点を置き、前向きな目標管理によるリーダーシップを行なうマトリクス型の組織(Matrix)の段階。最後に、共通の価値観をべ一スに、より高い理想とさらなる発展を目指して、互いの夢を共有した情熱的なリーダーシップによるネットワーク型の組織(Networks)の段階である。組織はこうした4つの段階を経て進化発展していくという考え方である。

(2)組織内部のコミュニケーションの役割

こうした組織のレベルを、より上のレベルヘと発展させるためには、組織内部のコミュニケーションの役割が極めて大きい。これには組織の人問があるテーマに対して互いの意見や考え方を集め(SCAN)、そこから共通の意識や明確な計画を導きだし(FOCUS)実際の行動をおこす(ACT)という一連のステップがある。こうした3つのステップを円滑に運営し、しかもそこから全員に共通する価値観や目標を見つけだし、「衆知を集める」という過程をとうして組織がレベルアップするというわけである。

フランク・バーンズはこの考えに立ち、ペンタゴン内部でパソコン通信(なかでもとりわけ電子会議)を導入して、組織変革の実験を試み、大きな成功を収めた。その後、彼は軍隊のみならず、政治・経営など様々な社会の分野において、この理論を実践し、実際に杜会を変革していくために、電子会議という「新しい武器」を用いたMDGという会社を設立したわけである。

第4節 国際的オンライン・シンクタンクメタネット

(1)革命的電子会議 コーカス

電子会議というのは、パソコンやワープロで作った文章を電話回線を通じてホスト・コンピュータと呼ばれる中央のコンピュータに送り、お互いの意見をやりとりしながら会議を進めるという、パソコン通信の中の機能の一つである。電子的にやりとりするというものの本質的には通常の会議とは変わりがない。しかし何時でも何処からでも会議に参加でき・自分の意見を整理したのち、冷静に時間をかけて論議できるという利点がある。従来のソフトウェアの場合、その構造上その分野に興味を持った特定の限られた人々による閉鎖された会議であり、別の会議の人々との交流は困難であった。しかし、MDGではより深い人間関係を作り、それによって組織の変革を行なうという目的で、全く新しい革命的な電子会議システム「コーカス(CAUCUS)」を開発し使用している。

(2)メタネットの会議内容

メタネットの特徴の第一として上げられるのは、会員の質の高さである。大企業の幹部、実業家、軍隊関係者、政策スタッフ、政治家、大学教授といった実に多彩な顔触れである。会員の質の高さから自然に会議の内容は、政治、経済、国際問題あるいは、組織論、リーダーシップと経営、教育間題、女性解放問題、環境間題などで、各分野の専門家である会員が、会議の議題を提供しそれに引き続いて、会員相互間のディスカッションが行なわれるわけである。例えば、ある大学教授が主催した日米貿易摩擦に関する会議は、4月14目から6月21日までの間に107発言が日米の間で行なわれ、しかも一つ当たりの発言の量はかなり多く、密度の濃いものである。もしこれだけの内容を国際会議で行なうならば準備も含めて相当の日数を必要とするだろうが、これが居乍らにして出来るというわけである。しかもそれぞれが時差に関係なく自分の好きな時間を使って会議に参加できるから、お互いに無理をすることなく、長く継続的な話が出来るわけである。特に国際平和や環境問題などの議論には効果を発揮することだろう。

以下は、昨年昭和62年に行なわれたここ数か月の間の、主要な会議のテーマと内容の抜粋である。

〜メタネット会議内容(抜粋)〜

7/01 ネットワークの条件 組織間題を中心に「人間関係」「技術の利用」などいかなる条件が優れたネットワーク組織のために必要か。
8/06 財政赤字問題 下院議員のスタッフによる財政赤字建直しのための政策立案を、会員からの意見を持ち寄り論議する。
8/11 難民を救え 難民救済活動の停滞を解消するための会議
10/06 大統領比較政策ディベイト 88年大統領選挙の各候補者ごとに政策を比較検討し、アメリカを建て直すために誰が相応しいかという討論。
10/10 アメリカは立直るか? ニューヨーク株式市場のパニックに端を発し、米国の経済再建をテーマに、経済問題の大激論。
11/15 竹下首相誕生の謎 私が主催した会議で、今回の自民党総裁選びの経緯について新聞調査に基づいてリポート、討論を行なう。
11/19 21世紀の教育のあり方 ボストンで行なわれた「21世紀教育シンポジウム」参加者による現地からの報告に基づく討論。

これは、単にその分野の専門家だけでなく、一定のメンバーが異なるテーマに関して話し合うというものであり、テーマによって人間関係は限定されない。例えばある分野ではAという人が会議をリードし、別の分野ではBという違う人が会議を指導しながら進める。このことで、それぞれが自分の得意の分野で持味を発揮し、お互いが足りない部分を補いながら、ともにレベルを高めあうというのである。このことによって、それぞれが平等で、自立した自由な個人としてのつながり、ネットワークが生まれてくる。

第5節 メタネットの人間関係〜盲目の自由人マイケル・エッセマン〜

私が研修を始めて1ヵ月程して、メタネットの会員を集めてのパーティーが行なわれた。この時、私は衝撃的な人物と出会った。彼の名前はマイケル・エッセマン。電子会議の中では互いに話し合いよく知っていたのだが、彼に初めて逢ったときは、驚きと衝撃に襲われた。電子会議のうえでは、あんなによく発言し気さくな彼が、全く目の見えない盲目の人だったのである。オフィスのドアを開け、ゆっくりと杖をつきながら彼が入ってきた。

「はじめまして。ぼくがマイケル。よろしく。」

彼の表情には笑みが絶えない。私は敢えて聞いてみた。

「マイケル、君が全く目が見えないなんて知らなかった。」

マイケルは、ニコリと笑いながら、

「皆同じことを言ってたな。僕が目が見えないってこと、初めは誰も信じなかったよ。」

彼の言葉には自分が身障者である事への気後れは全く感じられない。

「サム(私のニックネーム)、僕がどうやって皆と会話してるか見せて上げるよ。」

といって、彼はデモンストレーションをしてくれたのである。

まず送られてきた文章をどうやって読むかということであるが、写真のように小さな音声発信装置と専用の特別なソフトを用いる。この機械がまず文章を読み上げてくれ、こちらから発言するときにも、手探りでキーボードを探し、Aなら「A」と打ち込むと、この機械が「エー」と読み上げてくれる。最後にピリオドを打つと今度はその文章全体を読んでくれるのである。

私は唾然として彼の操作をみていたが、最後にこう聞いてみた。

「マイケル、すごい。驚きだ。一つ聞きたいんだが、これを使い始めてから君の生活はどう変わったの。」

彼は自信に充ちあふれた声で、こう答えた。

「サム、僕の人生はこれで一変したよ。僕たち身体障害者は、ともすれば自分の殻に閉じこもって、その世界の中だけで生活してしまうものだ。たとえ親切な人がいても、結局は差別や偏見は拭いされない。それに僕たちの体では動き回って友達を見つけることすら出来ないのが普通さ。しかし、電子会議の世界は違う。いつでも好きな時に、世界中の友達と話すことが出来る。この世界では、目が見えないということでの偏見もないし、自由に飛び回って新しい友達を見つけだすことが出来るんだ。これがなかったら、皆に逢うためにこうして出てくることもなかったと思うよ。自由で平等なこの世界は僕に、かけがえのない勇気を与えてくれた。」

一般に電子会議などというと、「血の通わない非人間的なもの」と思われがちだが、これは全くの先入観にすぎない。広いアメリカ大陸のなかで、忙しい仕事を抱えた彼らにとって、より多くの人たちと深く付き合い、自分の世界を広げ、人との出会いの喜びを実感することは難しい。ここで紹介したマイケルに限らず、時間に制約されず、何時何処からでも居ながらにして、今まで知らなかった人たちと知り合うことができ、長く継続的に話し合う人間関係を築いていくことの出来る、この世界は私達にも、もう一つの「かけがえのない勇気」を与えてくれるであろう