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この目で見たアメリカ・テレコム最前線(9)
―公共分野における情報通信事例研究―

宇佐美泰一郎

 過去8回に亘り、ご好評いただいた本連載も今回を以って最終回とさせていただきたい。
 そこで今回は.これまでの事例研究の総まとめと、時代潮流とテレコムの役割について考えてみたいと思う。

1.紹介事例一覧

 まずは、今までに本連載で取り上げた事例について、簡単に振り返ってみたい。

<4月号>CATVとアメリカ、驚異の情報化社会

CATVの発展の歴史
  難視聴地域向けの閉ざされたメディアから通信衛星を活用した開かれたメディアヘ。
フェアファックスCATV(バージニア)
  全米最大規模の120チャンネルを持つCATV。ありとあらゆる種類の情報を取り込んだ情報の百貨店は、近未来の高度情報化社会を暗示する。

<5月号>市民参加のパブリック・アクセス

AARP(ワシントンD.C.)
  高齢者によって番組制作、テレビ局運宮まで行われるCATV。生き生きしたお年寄りの姿が印象的。
NFLCP(ワシントンD.C.)
  市民による手作りの番組制作と放送を行う「パブリック・アクセス・チャンネル」の全国組識。市民に開かれたメディアの登場。
パブリック・アクセス・チャンネルの種類
  市民が参加し市民が自主的に作り上げるパブリック・アクセス・チャンネル。種類は、フリー・アクセス(市民放送)、エデュケイショナル・アクセス(教育)、ガバメント・アクセス(行政)、ポリティカル・アクセス(政治)がある。

<6月号>フリー・アクセス

COX CABLE(サンディエゴ)
  市民に開かれたCATV。市民が制作した番組を自由に放送できる、「フリー・アクセス・チャンネル」。
FCAC(バージニア)
  市民への情報化教育の実践により、より多くの情報提供者(IP)を育てる。市民の手に
よる市民のCATV。

<7月号>ガバメント・アクセス

C-SPAN(ワシントンD.C.)
  連邦政府レベルのガバメント・アクセス。視聴者からの電話による質問を通じて、政策決定課程の中に市民が参加できる「参加型民主政治(Paticipatory Democracy)」の実践。
デンパー・シティ.・ケーブル(コロラド)
  地方レベルのガバメント・アクセス。議会中継を中心とした、徹底した情報公開により、市民の政治意識を高める。

<8月号>パソコン通信と新しい街づくり

パソコン通信とは
  電子メール、ファイル転送、電子掲示板、電子会議そしてデータベース。
オールド・コロラド物語(コロラド)
  情報化による新しい街づくり。電子会議を用いた市民主体の地域の活性化と誠意を持った市民との対話を通じて、大逆転をした奇跡の市会議員選挙。

<9月号>オンライン・シンクタンク

メタネット(ワシントンD.C.)
  各界の有識者を電子会議を通じてネットワークした全く新しい研究機関。
OT(Organizational Transformation)理論
  組識変革の段階的発展の理論。コミュニケーション、モチベーション、リーダーシップなどの変化を軸に進展すると説いた。
盲目の自由人
  目の不自由な人でも.音声発信装置を片手に情報を発信し、世界中の仲間達と友情のきづなを深める。

<10月号>次世代戦略情報システム

戦略情報システム(SIS:Strategic Information System)
  他社を締め出し、系列化を進める戦略的なアメリカン・エアラインの座席予約システム。
大統領選挙でのパソコン通信の戦略的活用
  民主党候補による、選挙組識内コミュニケーション、外部ブレーンとの政策立案.オンライン後援会など戦略的に活用。

<11月号>社会参加とパソコン通信

キャピタル・コネクション(サクラメント)
  広い国土のカリフォルニア州をカバーした州政府からの情報公開。ギリシャ時代の民主主議を目指し、エレクトロニック議事堂を理想とする。
シニア・ネット(コロラド)
  高齢者による高齢者同志のパソコン通信。ネットワークを通じて、全米のお年寄りが連帯する。

2.「自立と参加と連帯と」
=テレコム新時代のキーワード=

 さて上記が今まで紹介してきた事例の一覧であるが、はたしてここから何が読み取れるのであろうか?はたしてテレコム新時代、また高度情報化社会とは、いかなる社会のことをいうのだろうか?
 これらの事例を通して読み取れるのは、「自立と参加と連帯と」という3つではないだろうか?

<自立>

 テレビ、ラジオとちがって、CATV(なかでもとりわけパブリック・アクセス・チャンネル)は、情報の一方的な受信ではなく、各自が情報の出し手、すなわち発信者になることができる。しかも発信も受信も双方向で行えるところに最大の特徴がある。
 6月号で取り上げた、FCACはまさしく市民に対してビデオや編集スタジオを貸出したり、機械の操作を教える教室を開いて、積極的にIP(情報提供者;Information Provider)の育成に努め、市民一人一人が情報の発信が出来るようになった。
 また、メタネットのメンバーである一人は、目が不自由にもかかわらず、その身体的障害を克服し多くの人達との友情を築き自らも生きがいを感じ取っている。
 高齢者によるCATVや高齢者によるパソコン通信、シニア・ネットでもお年寄りが、自ら自立し人生の喜びを創造している。
 このように、どんなにハンディキャッブを持っていても、それを乗り越え、個々人が自ら感じ自ら考えて、「自立」することによってメッセージ(情報)を発信するような社会になるわけである。

<参加>

 サクラメントのキャピタル・コネクションでは市民に積極的に情報を公開し、市民の主体的な社会参加への道を開いた。
 またコロライドの街づくりは、政府にも大企業のカにも頼らず、市民が参加し、作り上げていく運動であった。そしてC-SPANにおいても、市民からの電話での質問を受け付け、政策決定過程のなかにも、参加することを可能にしたものである。
 これらは自立し、新しい意識に目覚めた個々人が、このように従来のメディアだけでは、到底考えられなかった社会や組織、政治へ積極的に「参加」出来るような社会である。

<連帯>

 それぞれ自覚し主体的な個々が、みずからも身を乗り出して、進んで社会に参加するようになった時、はじめて全く新しい人間関係が芽生える。オールド・コロラド・スプリングスのまちづくりはまさしく典型的な例である。初めは、それぞれの利害にとらわれ、利己的な考えであったものが.やがて「自分達の街の復興」という共通の目標に向かって.個々が自立し、皆に協カしようと積極的に街づくりに「参加」し、そして互いの共通の目標に向かって「ネットワーク(連帯)」を始めたのであった。
 誰かに命令されたり、服従したりというのではなく、それぞれが進んで全体の目標を実現しようと、ネットワークを作り出したのである。

3.時代潮流とメディアの進化

 「時代が英雄を作るのか?英雄が時代を作るのか?」というのは、歴史を考える際によく議論されることである。しかし、これはメディアと時代を考えたときも、同じことが言えるのではないだろうか?
 表1は、文明の転換とメディアの進化を表したものである。狩猟社会においては、主に口頭によるスピーチが唯一の情報伝達手段であった。それが農耕社会、工業社会と時代を経るに従って、文章として記録が残せるようになり、また印刷技術の発達が、アイデアやメッセージを大量に社会に伝播できるようになる。
 さらに時代が進化してくると、テレビ、ラジオのマス・メディアが発達し、活字だけではなく、音声や映像といった情報の種類も幅が拡がり、より正確に人間の5感(視聴嗅味触)に訴えるようになるわけである。
 そして高度情報化社会になると、コンピュータ技術の発達とも絡んで、電子(パソコン通信でのメッセージ)のようなメディアが発達し、より敏速でしかも個別化した情報のやりとりが行われるというわけである。
 もともと自分の意志をいかに相手に伝えるかというところに、コミュニケーションの役割があり、そこにメディアという媒体手段がうまれたわけである。
 しかも社会は一人一人ばらばらで生活するわけではなく、古き狩猟社会の時代から、家族や集団部落などの共同体によって生活を営んで来たわけだから、コミュニケーション、メディアというものは不可避であり、かついかなる社会においても、その根底を支えているものである。
 特に戦後日本の高度成長時代には、電化製品、自動車などの規格化・画一化された商品が、テレビやラジオ、新聞、雑誌などのマスメディアを通じて、広告宣伝を繰り返し、大量生産、大量消費社会を成立させてきたわけである。
 しかし、わが国において、現在その状況は大きく一変してしまった。物質的な豊かさの中で、消費者の二ーズは、ますます多様化し、企業においては「多品種少量生産」がもはや当たり前である。それに応じて、メディアもどんどん多様化が進み、本屋に行けば数え切れないほどの専門雑誌が並んでいるわけである。
 しかも、ミニコミ誌が流行ったり、家庭用ビデオカメラがはやったりとそれぞれの個々が受け身ではなく、自ら情報の発信を行うようになってきたのである。
 おそらく、メディアには時代を創り変えるインパクトがあったり、時代変化を速める触媒効果を持つという「メディアが時代をかえる側面」と、時代の要請によってメディアが進化発展を遂げるという、「時代がメディアをかえる側面」の2つの側面があるように考えられる。


(日経コンピュータ 副編集長 坪田氏 講演会資料より)

4.個人の意識の進化と「自立・参加・連帯」意識の芽生え

 さて、こうした時代の潮流とメディアの発展は一体何が契機になっているのだろうか?
 有名なアメリカの心理学者、A.H.マスローは、人間の欲求は、5つの段階を経て進化するという「欲求5段階説」を唱えた。
 これは、下の図のように、食欲、性欲、睡眠欲など人間が生きていくために最低限必要な「生存の欲求」、自分自身の身体的な安全を守る「安全の欲求」、社会に適応し、その中でうまく調和を保っていこうという「社会的欲求」.社会の中で自分自身の存在意義を他に示そうという「自我の欲求」、最後に自らの生きがいや達成感、充実感を求めようとする「自己実現の欲求」という5段階である。

 人間は下の段階の欲求からそれを充たしていくに従って、上の段階の欲求を求めるようになるというものである。昔から「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるが、まさしくこのことを言うのであろう。
 消費者の二ーズ、そして価値観も、衣食住という人間が生きていくうえでの基本的なものから、それが充たされるに連れ、遊(レジャー)・休(保養)・知(文化、教育)、そして健(健康)・交(人間関係、コミュニケーション)・美(芸術、音楽)へと変わってきているわけである。
 マスローの欲求5段階説は、その後さらに発展を遂げ、「トランス・パーソナル」という新しい理論が生まれた。つまり自己実現を遂げた人間は単に自分個人の幸福のみならず、積極的に他人にも貢献し、進んで社会と関わりを持とうとするというのである。これは、「自己実現の欲求」という言葉に対し、「他者実現の欲求」ともいわれる。
 このように、物質的な豊かさを実現したのち人間は、自己実現、他者実現にむかうという本原的なものがあるのであろう。
 こうしたことが根底にあって、個々人は意識の進化を経て、自立し、参加し、連帯するのであろう。

5.時代変化と組識変革

 さて、このように周りをとりまく社会文明が大きく変化し、また根底を支える人間個々の意識の大きな進化のなかで、政治、社会、経済などなどあらゆる社会組織はそうした変化のなかで適応し変貌していくことを求められる。
表2は、工業化社会から情報化社会へ変わるに従い企業組織の経営戦略にどのような変化が起こるかをまとめたものである。

このように、時代に応じて消費者の二ーズが画一的なものから多様化へと変化するに従い、企業の持つ色々な側面もすべてそれに応じて変化していかねばならないというものである。
 技術、生産、価値観、資金、組織、意志決定、情報の流れ、企業人、そして戦略の収支というようにすべての側面の変貌しないかぎり、企業として生き残れないわけである。
 この中で、組織の変化はもっとも重要なものの一つで、あらゆる側面の変化のぺースを支えるものである。すべての情報がトップに集中し、上意下達の命令系銃では、もはや激変する環境変化に対応することも、また自己実現意欲に富み、創造性を余める組織員を引きつけていくこともできない状態になってしまっている。
 そのため、より柔軟なホロニック組織、ネットワーク組織への変革が求められるわけである。このことは、単に経済社会のみならず、政治や行政の世界でも同じであることは、事例研究で触れてきた。

6.テレコムの組織に与えるインパクト

 さてこうした組識の変革=に対して、テレコムはどのようなインパクトを与えるものであろうか?図2は.テレコムの形態別の変遷をまとめたものである。

 すなわち、電話やFAXに代表される1対1型のコミュニケーションに始まって、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのマスコミのように1対多のコミュニケーションに発達した。
そしてパソコン通信(なかでも電子会議)のように多対多のネット型のコミュニケーションの形態へと発展してきたのである。
 そして、伝えられる情報も、単に文字だけによるものでなく、図形、表、絵などのイメージ情報、数値(データ)、音声、画像、映像と、より多様化、複合化、融合化し、自らの意志をより正確に説得力を持って伝えられるように変わってきているのである。
 こうした考えをベースに成立したのが、フランク・バーンズのOT(組識変革理論;Organizational Transformation)であった(9月号)。
 組識は、ばらばらな組織(Fragmented)な段階、封建的なピラミッド識(Hieralchy)の段階、目標管理る基礎にしたマトリックス(Matrix)型の段階を経て、そして理想に燃える自立した個を結ぶネットワーク(Network)型の組識の段階へ至るとする理論であった。
 彼は、こうした組識変革を実現するにあたり、2つのアプローチを示している。すなわち、一つはネットワーク組織への変革の道具(武器)としてのテレコムの活用。
 そして、もう一つはその武器を支え、活用すべき、
 1.活性化した個を創る         モチベーション(動機づけ)
 2.個々の力を組識への参加に詰び付ける リーダーシップ
 3.それぞれの力を有機的に結び付ける  コミュニケーション
 4. ネットワークを活かす組織風土
 など、人間的、組織的変革のアプローチの二つである。こうした二つがあいまって、新しい時代に適合し、リードする組織への変革が可能だとしている。

7.新時代を創りだすテレコム

 「テレコムが時代を変えるのか?それとも時代がテレコムを変えるのか?」ここでは、敢て議論は避けよう。
 ただし、時代の潮流は確実に、「自立と参加と連帯」へと向かいつつあり、またテレコムがこの流れを大きく支え、インパクトを与えるものであるといえることであることは確かなようである。これから先、何年後に本当の意味での「テレコム新時代」が実現されるかはわからない。
 しかし、それが人間の幸福と平和に役立ち真の「自立と参加と連帯と」を実現できるものになることを強く信じたい。

(松下政経塾 塾員)

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