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システム思考と改革手法

論文『混迷期における改革』宇佐美 泰一郎 著
松下政経塾 塾報 (1995年7月1日号)


■改革の根本

  私は、松下電器産業(株)で改革支援チーム「ゴーストバスターズ」(88年〜)に参画し、同社の経営改革、業務改革を推進してまいりました。マルチメディアを駆使し同時に「システムズ・アプローチ」という独自の改革手法を開発・実践してきました。こうした,経験をベースに、現在は「改革のプロ」として活動の範囲を広げております。
  その活動を通して、最近つくづく痛感するのは、企業や地方自治体など既存の組織改革のみならず、教育問題、環境問題、高齢社会の問題や新規事業の創業など<どの分野の改革もその根本は同じだ>ということです。
  たとえば、次のような光景を頭にイメージしてください。目の前に草原が広がり、その上を1本のレールが走っている。その上を列車が走っているとします。
  ところが、突然目の前のレールがなくなってしまったら、どうなるか?今までと同じ感覚で走っていったら、脱線するのは目に見えている。どこに進むのかわからない、だから不安だということになるでしょう。今私たちが直面している課題の多くは、まさにこれと同じ状況ではないかと思います。課題の性格が違うのに、今までと同じ対処の仕方をしているのではないかと思うのです。

■創造と挑戦

  今まではどこを目指すのか、レールがはっきりしていたら、あとはいかに少ない人手で、いかに少ない燃料で走るかという「効率」を考慮すれば良かった。しかし今度は違う。一旦列車を 止めて、どこを目指すのか?目標をはきっりさせて、どんな列車で走るのか新たに決め直し、レールを引き直すために、つるはしとスコップを持って汗を流さなきゃならない。求められるのは「創造」と「挑戦」です。これがこれまでの「改善」と根本的に異なる「改革」なのです。考えようによっては自分の行きたいところへ、自分のやり方でいける。新しい世界が広がると考えれば「改革」は必ずしもしんどいことばかりじゃなく楽しいことです。
 ここで問題は、改革の必要性は頭で理解できても、腹から覚悟できるか?ということ。特に決められたレールの上を走っている時は、どちらかというとまわりと協調していける人材が求められ、改革型、創造型の人間は緑に追いやられたり、つぶされたりされてきた傾向があり、いさといってもなかなか改革が前に進まないところがあります。

■発想

 バブル経済の崩壊、先が読めない急激な円高、価格破壊や空洞化といった状況で、表面的に取り繕うだけの対症療法では、所詮モグラたたきと同じで、早晩同じような事を繰り返さなければならない。
  今、企業のリストラを進める場合に非常に難しいのが、ホワイトカラー、つまり管理間接部門の生産性向上と新規事業の開発という問題。これらはその典型だと思います。
  例えば、これは日本的経営の特徴の1つで、今まではいろいろな案件について根回しや意見を集めながら、ボトムアップで上に上げていき意志決定を行うという傾向がありました。しかもその場の状況の中で問題が上がってきて、それに各部門が協力しながら対応していくような意志決定の進め方です。決められたレールの上ならば、このようなやり方は「一致団結」でよかった。
  ところが今日の状況ではかえってこれが空回りしてしまい、現業部門のお荷物になっています。人件費の高い人たちが多いですから。
  そうすると、勢いリストラという世間の流れにのって首切りに走ったり、あるいは安易に(間接部門30%削減)などと称して数あわせに終始してしまう。これなど完全にモグラたたきの典型でしょう。 
  今最も必要なのは、その会社はなんのために存在して、何を目指すかという経営理念を改めてはっきりさせること。そのためにどんな列車で進むのか、燃料や乗務員はどうするかという戦略をはっきりさせること。しかも、各自の役割と責任をはっきりさせること。要するに新たにレールを引き直す改革的な発想が必要になります。これがないと中長期に組織は弱体化し、しぼむだけです。多くの企業が今、本社改革などの行政機能の改革に取り組んでいますが、このあたりが大きなポイントだと思います。

■新規事業開発

  新規事業開発の場合は、より顕著に,改革型の発想が必要とされる例でしょう。多くの企業の場合、新規事業に力を入れているようですが、実際は、従来の基幹事業での売り上げが落ち込み、雇用が吸収できなくなった。配置転換や関係会社への出向などいろいろ手は尽くしたけれど、それでも吸収できないところを、新規事業でなんとか吸収させようという本音が見え隠れするわけです。
  新規事業開発は、本来は、その企業の将来をかけて(どういう顧客にどういうサービス、商品でお役に立つか?)という明確な夢なりビジョンがあって初めて成り立つものです。その上での技術開発や商品企画が筋なんです。 
  実際は発想が逆転している、今は。何人余剰でこれだけ維持しようとすれば、どれほどの売り上げなり荒利が必要である。そういう事業はないだろうか?と、今走っている列車を維持しようという前提で考えるから、無理が出て、失敗してしまう。

■3つのポイント

  そこでポイントは大きく3つあります。第1は、改革を行う上での見方・考え方。2つ目はその改革を進めていく上で組織の中でのイメージ合わせや意識の擦り合わせの仕方、そしてそのためのコミュニケーションといった、改革のプロセス。そして最後に、改革ができる人がいるかという主に意識の問題です。
  1つ目の改革の見方・考え方は、「システム思考」と呼ばれるものです。たとえば、返品が増えたとき、私たちは返品など表面的な数を減らせばいいのではないかなど、現象面ばかりにとらわれがちです。しかし、改革を行う場合は、なぜ返品が起こるのかという根本的な根っこを退治し2度と出てこないようにしなければなりません。そのために返品の現象がなぜ起こるのか、その原因を(ナゼ)(ナゼ)と問いながら、その因果関係をさかのぼり明らかにしていきます。
  2つ目は、単に1つの部や課という部分的な視点で課題をとらえないことが重要です。他の部門から見るとどうか、あるいは会社全体から見たらどうかという多面的、全体的な視点が必要です。
  3つ目は、本来の目的や意義をとらえること。私たちはともすると物事を事務的に処理するのに忙しく、日ごろ(何のためにそれをするのか?)と改めて意義や目的などをあまり考えません。ところが(改革)は新しい目標を定めるために本質までさかのぼって考える必要があります。特にどうしたら問題が解決できるかといった解決策を練る段階では、本来なんのために存在するのかという意義や、何のためにやっているのかといった目的を明らかにした上で、しからばあるべき姿はどのようなものだろうか?と中長期的な目標・ゴールまではっきりさせ、目指すべきゴールを考えていきます。

■改革のプロセス

  改革のプロセスは、私たちが開発し使っている改革手法では、上記のようなシステム思考を用いて一定の課題解決の手順に従って進めています。システム思考による問題解決のアプローチということで(システムズ・アプローチ)と呼んでいます。
 進め方の手順は(テーマによって若干の違いはあるものの)次のようなステップで進めます。「現状の課題認織の共有化」から始まり、「根本課題の把握」「目的・意義の明確化」そして「あるべき姿の共有化」につづいて「解決策の策定」「評価と対策立案」、「意志決定」、「解決策の実施」、「実施後の評価、修正・変更」と続きます。ここでのポイントは、改革を進めるべき人たちの間で(今何が問題か)とか、目標とすべき(あるべき姿とは ?)という各自の認織やイメージ・価値観をいかに効果的に、しかもスムーズに擦り合わせていくかというコミュニケーションの問題が出てきます。人によって頭の中のイメージが違い、なかなか議論が進まず、ともすれば暗礁に乗り上げ、折角やりはじめたのに途中で改革がとん挫してしまうケースが多いからです。
  私たちの場合は、改革のステップに沿い、中立的な立場でコーディネートを設置して特に集団の盛り上がりや一体感の醸成といった点に留意しています。
  最近はマルチメディア社会が進んできましたので、電子メールや電子会議などの新しいコミュニケーション・ツールは活用の仕方によって大きな武器になり、インターネットなどを使えば、世界中お互い離れたところから参画し、改革の波がグローバルに広がっていきます。

■やっかいなケース

  実は、せっかく私たちが改革の支援に出動しても全然前に進まないケースがときどきあります。同じ改革の手法を使い、一定のステップで議論を進め、それなりの解決策もでてきたにもかかわらず、うまく行かないというようなやっかいなケースです。
  この場合のうまくいかない理由はおおむね、「改革できる人がいないこと」です。特に歴史があり、保守的な体質の組織や、現業を持たない行政的な組織、あるいは強力で威圧的な権威者の下で萎縮している場合、派閥争いやトップの公私混同が激しい場合など
は顕著にこの傾向が見られます。
  そしてその多くは、巧みに改革が進まない理由を自分たちで、作り出しています。
  「こんなの俺の責任じゃない。トップが悪いんだ」「問題だ問題だっていうけど、どうせたいしたことないだろ」「そんなのやらなくたって、どうせ会社はつぶれっこないよ」「俺1人動いたってどうせ何も変わらないよ」「そんなのやってる時間ないよ、目の前の仕事で精いっぱいさ」「改革しようなんて言いにいったら上司に首を切られてしまうよ」などなど。実は改革を阻む最大のゴーストは、私たち人間の心の中に住んでいる。これが案外、盲点になっている改革の本質です。

■チェンジ・エージェント

  改革ができる人、改革の推進者を、チェンジ・エージェントと言います。この人たちの特徴は、組織全体、社会全体の課題を自らの課題としてとらえ、このままではいけないという強い危機感やこんな社会を実現したいというような強烈な夢や信念が動機としてあります。しかも自分の私利私欲をこえた、私心のない人です。全体を生かすために、自己を否定するというのが改革マインドの核心です。 
 現実は、この意識改革がきわめて難しいものです。いつものなれ合いの職場や組織の中ではついつい惰性に流されます。われわれ改革の助っ人は、意識改革のきっかけづくりのための刺激を与え、また途中でなえてしまわないようにお目付け役を行うのです。
  ただ相手に対して改革マインドを起こそうとすれば、こちら側はそれ以上の改革の鬼でなければならないので、大変きつい仕事になりますね。

■支援方法・時間

  私たちの改革支援の始まりは、まずいろいろな所から支援の依頼を頂きます。「○○で困っているから助けてほしい」「相談に乗ってくれないか」あるいは「改革の考え方を勉強したいので一度講義をしてほしい」というような依頼です。「とにかく、うちのメンバーに気合いを入れてくれ」というようなものもあります。そこから出動いたします。
  先方の会社や組織の概要を聞かせていただき、その上でどのような問題を抱えているのかを聞き診断をします。状況判断をし、先方の要望を聞きます。この段階で課題の性格や大変さ加減、改革のアプローチの仕方を考えていきます。こちらが先方の組織に入り込んで進めるとか、プロジェクトを作って一緒にやるとか、改革の進め方の相談にのるとかいうようなことです。
  改革に要する時間・期間は、約3カ月から半年。長いもので1年、2年たっても結論が出ないものもあり、一概に言い切れません。何しろ組織の規模、課題の性質にもよるし、悪さ加減の程度もあります。その改革活動に割ける人の数や時間、あるいは組織責任者のリーダーシップの度合いや核になる人がいるかどうか。メンバーの協力度合い、それと前向きで創造的な風土があるかないかも、成否に大きくかかわってきます。
  そして本気で改革する気があるかないかについて、1番吟味します。それも単に依頼者だけでなく、まわりの人間の意識も含めて。

■触媒

  従来のコンサルタントといえば、いろいろな問題を調査・分析し、様々な資料をもとに専門的な視点にたち改善提案を行うのが一般のイメージだと思います。
  改善レベルなら、これで大いに効果があるのです。改革の場合はちょっと様子が違います。いつも最初に依頼者の方にこんなお話をしています。
  「いいですか。改革をするのは、私じゃない。あなた自身です。だれかに頼っては、絶対に失敗します。自分が改革をするんだというのでなければ成功しません。私たちの役割は、改革という化学反応を進める触媒です。よりスムーズに効果的にお手伝いをさせていただくのです」と。
  改革のポイントは専門知識の有無よりむしろ、どんな本を読んでも載っていないようなことに挑戦しなければいけなかったり、妨害者を説得したり、1つの目標を明らかにして、あっちを見たりこっちを見たりしている人たちの意識を結集していくこと。集団意識、組織意識を変革させていくプロセスをどうマネジメントしていくかが重要です。これを「プロセス・コンサルティング」と呼んでいます。

■元気

  多くの改革を進めていて、最近一番強く感じるのが「元気がない」こと。改革の大元は「元気」だと思います。これはく改革の手法や理論以前の問題です。
  今、元気がある人は「過ぎ去った時代にいつまでもこだわっていても仕方ないじゃないか。新しくレールを引き直せばいい。さあ、やろう」と、一種の開き直り、覚悟ができた人たち。一旦覚悟ができると、案外すっきりして元気が出てくるものです。お互いに元気を出して、改革を進めたいものです。

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