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第9章 チェンジ・エージェントの役割と魂

9-1 チェンジ・エージェントとは?

   これまで、問題解決におけるプロセスやコーディネイト・スキル、あるいは8章では克服すべき個人の意識の病、組織の病などについてふれてきた。このように問題解決では、制度・仕組、技術・システムという目に見える側面と意識改革、組織改革という目に見えない側面の両方を変えていくことが求められる。こうした改革を主体的に進めていく使命や役割を持った人間を、チェンジ・エージェント(改革の推進者)と呼ぶ。ある時は企業のトップ自身であったり、中核のミドルであったり、またある時は外部のコンサルタントであったりする。

  例えば、組織の歴史を見た場合、創業者が理想に燃えて始め、やがてどんどんと成長していく。しかし「創業」の時代を過ぎ、組織が大きくなり「守成」に入りだすと、外部への見栄や建て前にこだわりだしたり、セクショナリズムや派閥がはびこったり、ピラミッド的な上下関係の中で、個々人の主体性や個性が発揮されなくなったりと、どうしても組織全体の活力が萎えてくる。こうした状況下では、様々な問題が解決するための改革を断行して、再び生き生きと活力に満ちたものに変えていこうというニーズが生まれてくる。

  こうした状況の中でチェンジ・エージェントが求められることになる。チェンジ・エージェントには単に問題の解決に手法や手順にだけ手慣れたというだけではなく、人間の持つ感性や魂に働きかけ、意識の改革、組織の改革も視野にいれながら問題解決をはかっていくという非常に深くて神妙なものが要求されるのである。

9ー2 チェンジ・エージェントの役割

  それでは、チェンジ・エージェントとは、どのような役割を持つのであろう?まずその人自身が改革に燃えた「改革の鬼」であり、執念を持っていなくてはならない。そして、組織の中に「改革」というマインドを持ち込み、組織を変化させる触媒の役割を持っている。

  改革は本来組織の中の一人一人が進めるものである。組織に属する全員が、目標に向かって一丸となって進まなければ改革は成功しないもの。そのためには、いかに多くの人たちを改革の波の中に巻き込んでいくか、そして共感し、ともに歩むシンパや理解者を巻き込んでいくかが重要なポイントになる。しかし、一方で改革には様々な困難や障害がともなうのも事実。そこでそれをスムーズに効率良く進める必要がある。その意味で改革を化学反応に例えると、反応する物質自体は組織の一人ひとりということになり、その反応を助け、より効果的に反応速度を高める役割を果たすことが、このチェンジ・エージェントの役割ということになる。具体的には以下の4つになる。

 【チェンジ・エージェントの役割】

@改革への動機づけ

  組織に属する一人ひとりが、改革を行う必要性を理解し、全員が改革への欲求を高める必要性がある。そして改革に挑戦するよう動機づけを行う。

A改革への決断を促す

  改革の必要性を認識したとしても、いざ改革に着手するとなると、途中でひるむ場合が多いのも事実。そこで、断固として実行するべく、改革へ挑戦する決断を促す。 

B改革のプロジェクト化

  改革を確実に実行するためには、責任と権限を与えられた改革の組織作りが重要になる。このように、チェンジ・エージェントは全員の改革への意志を実行に移させるように働きかける。

C改革の見届け・フォロー

  改革は一石二鳥に成し遂げられるものではない。実にはトライ アンド エラーを繰り返しながら、継続して行われるもの。最後の最後まで改革の行方を見届けることも必要となってくる。

9ー3  意識改革  

(1)後向き心理から前向き心理へ

  さて、チェンジ・エージェントとして行う意識改革とはどのようなものであろうか? まずは先に触れた改革を阻む4つの心理を前向きな状態に切り替えていくこと、つまり個人の意識改革を行うことにある。

  次の図はこの意識改革の変化を示したものである。

           図 心のスイッチ

【タイプA】「弱い自分」から「強い自分」へ

  いかに高い理想を持って改革を実現しようにも、周りからのプレッシャーに負けてしまう「弱い自分」では、どうにもならない。例え大きな改革を進めるといっても、山登りと同じで、実際には地道な一歩一歩の積み重ねである。着眼大局着手小局で、現実には小さな成功を一つずつ積み重ね、自信を深めていくことが、遠回りなようで結果的に一番の近道である。こうしたプレッシャーに常に立ち向かう、「強い自分」へと変えていかねばならない。

【タイプB】「囚人」から「主体性人間」へ

  日ごろの生活や目先の仕事に追われるだけの状態が続くと、素直に物事に驚いたり、感動したり、疑問を感じたりということがなくなり、ただただ機械的に流されてしまう。

  こうした「囚人」の心理を持った人にとっては、「改革などしなくても首になることはないだろう」とか、「そんなことは、知ったことじゃない。他人事だね」と受け流されたりする。

  改革を力強く進めていくためには、こうした意識を捨てて、問題を他人の責任にすることなく、自分の課題としてとらえ、主体的に働きかけていく、「主体性人間」に変わっていく必要がある。

【タイプC】「頑固者」から「普遍性踏襲者」へ

  改革を進める場合、よく見られるのが単に大きく変えることにばかり目を奪われ、古くからの伝統や良さまでも潰してしまうことである。ただむやみに新しいものに反対したり、異を唱えるだけの「頑固者」でも、目新しいものだったら何でも飛びつく「軽薄者」でも困りもの。

  改革は、今までの発想や価値観を変えること。得てして古くからのものをすべて拒否してしまう恐れも多分にある。「産湯と一緒に赤子まで捨てる」というのでは、何のための改革か判らない。

  時代を通じて変わっていくものを「流行」と呼び、時代を通じて変わっていくことのない普遍的なものを「不易」と呼ぶが、この「不易」を真に見つめないと、本当の改革にはならない。改革を進めるものは、こうした「普遍性踏襲者」でなければならない。

【タイプD】「カオス」から「強力な決断者」へ

  改革を迫られるような事態というのは、大きなものから小さなものまで、とにかく課題や問題が山積しているものである。しかも、どうすれば良いかはなかなかハッキリしないのが常でもある。こうした「カオス(混乱)」の中では、改革を進めようにも進められるわけがない。こうした状態から抜け出すためには、一人でも多くの人たちの意見や声に耳を傾け、衆知を集めることによって、何が正しいか、どうあるべきかという理想を描き直すことである。そして数ある課題の中から何が本質的な課題かを見抜き、明確に目標を定め決断する必要がある。責任感が強すぎるあまり、何もかも自分一人で抱え込んでしまうと、どうしても「カオス」の状態に陥ってしまいがち。少しでも早くこの状態を抜け出し、「強力な決断者」に変わる必要がある。

(2)心のスイッチの切り替え

  こうした意識の改革は、周りの人間から「あれこれ」言われて変わるものではなく、組織の一人ひとりが自分自身で切り替えない限り、変わるものではない。チェンジ・エージェントは、あらゆる改革のプロセスを通じて、こうした個々の人々の意識に影響を与え、それぞれの人たちが「心のスイッチを切り替える」ように働きかけていく必要がある。

  そのためには、まずチェンジ・エージェント自身が、「改革の鬼」として、その魂を伝播していくことは言うまでもない。また、それぞれのスイッチが切り替えやすいように、個々に働きかけが必要になります。

  まず、何をしたらいいのかわからない混乱状態にある「カオス」の心理的タイプの人たちに対しては、本質的な課題が何であるかを示し、決断しやすいように働きかける。また、新しい考え方や発想についていけない保守的な「頑固者」に対しては、改革の成果を単に観念ではなく、現実の事実を持って示して見せること。そして、回りの環境の中でがんじがらめになり、主体性を持てない「囚人」のようなタイプの人たちに対しては、少しでも環境を変え、ゆとりを生み出す必要がある。そして、最後に改革の意志を持ちながら、周囲からの圧力に屈し、プレッシャーを乗り越えられない人たちに対しては、「具体的なテーマ」を絞り、小さなことからでも一緒に取り組み、成功体験を積み重ね、共に自信をつけていくことによってプレッシャーを跳ね返す力を持った「強い自分」へと変わってもらうことである。

こうした意識の改革は、次々と伝染して行くことが改革の過程で必ずと言ってよいほど見受けられる。トップの意識が変われば、ミドルが変わり、ボトムの先端まで実に鮮やかに伝染していくものです。

         図 心のスイッチの切り替え

9-4 組織変革(OT)

  チェンジ・エージェントに求められるのは、個人の意識と同時に、組織の病の克服である。フランク・バーンズはこの組織の変革について、組織変革理論(OT;Organizational Transformation)を表わしている。彼は次の図のように組織は4つのレベルを経て進化をすることを述べている。最初のレベルは、「バラバラ(Fragment)」組織で各自が自分のことしか考えず罰則主義で動かすレベル。何事にも反発する。次に「封建的(Hierarchy)」組織で教育的なマニュアル主義や階級的な統制がはびこる。とりあえず言われたことには応える。そして、次に各自がそれぞれ次に何をするかという目標を管理する「目標管理型マトリクス(Matrix)」組織で、常に前向き意識に進化し始める。最後に最も組織としてパフォーマンスが高いレベルが「ネットワーク型(Network)」組織のレベルである。各自のメンバーは高い志と理想に燃え、積極的に組織に参加し、誰に命令されるわけでなく見ずから主体的に理想を実現しようとする自律的な組織である。

  問題解決を通じて、強力なチームができ上がっていく課程、必ずこうした組織のレベルが進化していく。チェンジ・エージェントはこの組織の変革の触媒ともなる必要がある。

9-5 チェンジ・エージェントに求められる魂

  さて、チェンジ・エージェントの役割について述べてきが、これを読まれて、「チェンジ・エージェントとは大変な仕事だな」と感じられた方も多いかと思う。確かに、すべての条件をクリアしなくてはならないとなると、大変なことである。

  歴史的に見ても、過去改革を成し遂げた英雄というのは、決まってこうしたチェンジ・エージェントであった。インド独立の父マハトマ・ガンジーや、偉大なる大統領であったジョン・F・ケネディー、明治維新の立役者である坂本竜馬や西郷隆盛など、まぎれもなく彼等は皆歴史を動かしたチェンジ・エージェントであった。

  こうしたチェンジ・エージェントたちに共通して言えるのは、強い「使命感」を持っていることである。高い理想を現実のものにするために執念を燃やし続けた彼等。いかなる困難にも果敢に挑むためには、やはり強い使命感を持ち続けなければならない。この「使命感」の根底には、以下のような3つの心構えを持つ必要がある。

@一人ひとりの苦しみを感じ、自分のこととして考える

  改革を進める主体者の道元禅師は、「正法眼蔵」の川魚をとる例え(6章6-7参照)のように川の冷たさに我慢して徹底的に相手の立場に同期し素直に聞き物事をみる姿勢がいる。ともすれば改革を進める場合、現場から遠く離れた上の人間が机の上で改革案を作り上げ、結果として現場の実態や意識とのズレが生じて失敗する例が非常に多いからである。まず、改革は組織の全員が一体にならなければ進まないと厳に心得るべきであろう。そのためにも、チェンジ・エージェントは一人ひとりの悩みや苦しみを単に他人事として聞くのではなく、自分の悩みや苦しみとして捉えることが重要である。

A常に慈悲の心を持って、見んなの悩み苦しくを取り払う

  仏教でいう「慈悲の心」とは、慈しみ愛する心を言う。「慈」とは、人々の苦しみを取り払い、「悲」とは人々に楽を与えることを意味する言葉である。真言宗の開祖である弘法大師は、こうした慈悲の心で飢餓や疫病に苦しむ人々を救うために全国をくまなく行脚し、人々の苦しみを取り払い、楽を与えてまわった。今日でも広く民衆の中に弘法大師への信仰が根強いのは、こうしたことがあるからだろう。チェンジ・エージェントも強い使命感の裏にこうした慈悲の心というものが必要である。

B私利私欲を取り払い、常に理想を実現するべく、高い視野から発想し 行動する

  最後にチェンジ・エージェントの心構えとして重要なことは、私利私欲をなくし、高い視野から発想し、行動するということである。当然、改革の成否はそれにかかわる多大な人間に影響を与える。しかも、組織の命運をかけて行う場合が殆どだから、改革を進める人間が個人的な利欲を持って推進したのでは、他の共鳴も得られず、知恵も力も集まるものではない。しかも、対立する利害関係を持った組織や人間関係をも巻き込んで改革を推進するとなると、常により全体の利益を見ながら、長期的視野で発想し、行動することが求められる。

9-6 チェンジ・エージェントに求められる人間観

  チェンジ・エージェントとして改革を進める上で、実際に多くの悩みや孤独感、挫折感を感じる場合が頻繁にある。なにしろ、改革を始めようとすれば、気違い扱いされたり、あるいは「周りからは敵のよう攻撃されたり」と、どんなに自分自身強い人間と思っていても、時にめげたり、気落ちしたりすることは人間である以上当然のことである。

  何度も手を変え品を変えして説得を重ねても、全然理解してくれない、わかってくれないというのであれば、不屈の信念と思っていても、ついつい弱気になってしまうもの。そして、時には人間というもの自体に絶望感さえ感じてしまうこともあるだろう。こうした絶望感が芽生えてくると、「一体何のために、私はこんな苦労なことをしなければいけないのだ。自分自身にはなんの得もないのだから、こんなこと、もう止めてしまいたい」と思って絶望の縁に落ちてしまうこともあるだろう。

  しかし、それで止めてしまったのでは組織は悪くなるばかりで、改革は挫折に終わってしまう。チェンジ・エージェントとしては、「改革の鬼」として、いかに執念を持続されるかが不可欠になってくる。

  人間それぞれ、生まれた国も育った環境も違えば、教育の程度も経済的な状況も、人によって全て異なる。そうしたことから、物の見方、あるいは価値観が異なるのは当然のことである。こうした互いの違いから対立が起こったり、問題が生じたりするのである。また、いずれの人間も人間である以上、まったく完全な人間もいない代わりに、まったく間違っている人間もいない。そこで、チェンジ・エージェンシーとしての役割は、こうした互いの違いを明らかにし、人間同士の対立や混乱を解決し、改革を実行していかなければならないのである。

  そのためには、それぞれの人たちの頭の中に入っている知恵を、ちょうどジクソーパズルのピース一つひとつのように引き出し組み合わせていく。そして、対立や問題を起こしているもつれた糸を一本一本ほぐしていき、組織の一人ひとりの知恵と力が結集するようにしていきます。時には、抵抗や圧力を受けようとも、「正しいと信じたことをやり続ければ、必ずわかってくれる。」と、心底人間の持つ可能性を確信することが大切になるのである。どんなに困難でもやり続けようと思えば、そこには「いつかは判ってくれるはずだ。仮に今このような悪い状態にあったとしても、人間とは必ず良い方向へと変わる素質を本来持っているのだ。」という人間の可能性に対する確信がなければ、改革への執念は持続することは出来ない。

  チェンジ・エージェンシーとしては、心底人間を愛し、こうした「人間のもつ無限の可能性への確信と信頼」という人間観を持つべき必要があると思います。

9-7 改革の志の確立 ー 改革の草ダンゴ

  さてチェンジ・エージェントとしてこうした心構えと信念を持つための基本は、何事にも囚われることのない自律した志を確立することが求められる。右の図は「改革の志の確立 " Resolution for Independence - A Model of Life-Management"」を図示したものである。

  3つのおだんごが串ざしになった状況を思い浮かべていただきたい。一番したの御団子は、「どう食べていくか?」という御団子。これは、生活していくためのお金や身分を保証してもらうためにどんな組織に所属するかというものでもっとも基本的なものである。

  真ん中の御団子は、「自分としての個性や生き様」などどのようにいきたいか、「ありたい自分」というもの。そして最後は社会や組織、周囲の人々との関わり方で、「どのように貢献するか?」「どのように喜んでもらえるか?」という御団子である。そして最後にこれら3つの御団子は個々に満たされるだけでなく、一つの人生や事業を通じて一貫して串ざしされているか?そして、その先は宇宙の真理に通じているか?というものである。

  つまり、自らの行いは、「自分自身に対して誠か?」「天に対して誠か?」「周りの人達に対して誠か?」という、「誠を尽くしたもの(至誠)か?」という腹がすわっていなければならない。

  こうした状況のとき初めて、自らの志は確立し、周囲に囚われることもなく依存することもなく、私利私欲を離れ、理想に向かって行動がとれる。

チェンジ・エージェントは常にこの志の確立が求められるのである。

9-8 素子貫徹の事

  松下政経塾を設立する際に、松下幸之助創業者は「素志貫徹の事」として以下の言葉をお残しになられた。この言葉は、チェンジ・エージェントとしての改革の極意でもある。

志とは、「(1)正しい目標をたてる(立志)(2)やろうという決意(志節)(3)やり続ける執念(志操)」を持つことである。そして寝ても覚めても常に、命懸けであること。そして「為すべきを為す」つまり、創意工夫を行い続ければ、改革の壁というものは必ず突き破ることが出来る。

  要するに成功している人は、成功するまでこのことを続けたかどうかであり、そう信じてやり続ける信念にこそ成功の鍵がある。問題解決の要諦もまさに「成功するまで続けるところにある。」のだ。

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