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松下電器に出現した
「ゴーストバスターズ隊」って何だ

●ビッグカンパニー『不況脱出』への苦闘を探る/レポート・前屋毅氏
週刊ポスト (1993年1月22日号)


 ある日突然、本社経理部の特命チーム『ゴーストバスターズ』が職場にのりこんで来て、仕事のムダを洗いざらい調べ上げ、 変革を迫ったとしたらどうします? コンピュータを武器に「システム思考」で組織活性化を狙う松下電器の新手法は、「不況の中で悪戦苦闘する企業にとってひとつのヒントだ。

各事業部に「大手術」を迫る

  本社経理部の特別部隊がのりこんで来るこんな情報が伝われば、「すわ、特別目的の監査か」と関係者たちは大混乱におちいるに違いない。ところが、徹底した事業本部制で各事業本部の独立性が守られていると定評のある松下電器産業に、何とそんな"特別部隊"が出現したのだ。
  その名も「ゴーストバスターズ」。破壊神ゴーザとの死闘の末に、ニューヨークを危機から救うアメリカのSFX(特撮)映画『ゴーストバスターズ』(幽霊退治屋)から命名されたものだという。
  しかし、松下電器のゴーストバスターズが相手にするのは、もちろん、破壊神ゴーザではない。一つ目小僧やろくろ首といった古典的な日本の幽霊でもない。
  彼らのターゲットは、松下電器の業務のなかに巣くい、効率的な業務を阻害しているゴーストだ。それは、松下電器だけでなく、現代の日本企業を蝕むゴーストなのかもしれない。
  そのゴーストたちは、たとえば、こんなところに隠れ住んでいる。ある注文を営業が受けると、その製品を納入するために、関係する事業本部に製品化が依頼される。その依頼書は郵便、またはファックスで送られる。それを受けた事業本部では、注文の内容を自分のところのコンピュータに入力して、原価などの検討を行ない、できるかできないかの結論を下す。そして、さらに細かい部品を調達するために、関係工場に注文書をだす。そのときも郵便かファックスが使われる。これを受けた工場でも、同じように注文の内容をコンピュータに入力してから検討する。
  勘のいい読者ならば、すでにお気づきと思うが、ここではコンピュータに同じことを何度も入力するというムダな作業が行われている。
 この再入力こそがゴーストなのだ。誰も意図してだしているムダではない。それまでの仕事の流れを忠実に実行しているからこそ生まれているムダなのである。いわば、「積年の垢」だ。
  そんなゴーストが、松下電器には無数に隠れ住んでいる。もちろん、他の企業にも、松下電器に劣らないくらいのゴーストがいるはずだ。
  これをみつけだして退治するのがゴーストバスターズの役目だ。つまり、関係部署のコンピュータをオンラインで結んでしまえば、再入力いうゴーストは退治されてしまうのだ。
  ゴーストバスターズ隊の手で退治された代表的な例として、「違算」があげられる。
 再入力というゴーストを抱えたままの仕事の流れだと、事業本部が価格を決めるのに相当の時間がかかってしまう。その結論がでてから商談を進めるのでは納期に間に合わないケースも、ままある。そこで営業は、だいたいの価格を仮定して商談を進める。その仮定の価格と最終的に社内で決定された実際の価格に差がでることも当然である。それが「違算」だ。
 商談の時の価格を請求書の価格が違っていて、素直に支払いに応じる奇特な相手はまずいない。トラブルの発生となるわけだ。そのために松下電器の経理には「違算担当係」さえおかれている。それだけ違算の件数が多いということだ。
 ところが、ゴーストバスターズが出動したさきでは、この違算が三分の二くらいに減ってしまったという。 違算の原因となる再入力をはじめとするゴーストを探し出し、退治した結果である。ゴーストバスターズのゴースト探しはとにかく徹底して行われる。経理はおろか、生産、人事といった社内の組織はもちろん、時には得意先にまで追求の手を伸ばすことも珍しくない。
 のりこまれた方にしてみれば、徹底的に調べられて裸にされ、大手術を迫られることになるわけだ。独立色の強い松下電器の各事業本部にとって、ゴーストバスターズは「独立を脅かす存在」にも映りかねない。

強力な武器は「システム思考」

 「そういう懸念を持たれないように、最初のころは 『”事業場”のためになることしかしません。喜ばれることしかしません』と何回も繰り返し、強調したものです」
 というのは、松下電器産業本社経理部システム開発グループ主担当参事の山本憲司氏。彼こそ、ゴーストパスターズ隊を現場で指揮している人物なのだ。彼のもとで、現在4人一組で2チーム、計8人のゴーストバスターズが活動している。
 彼がいうには、ゴーストバスターズの目的は、各事業本部を突然に襲って"不正"の類を摘発するような監査ではない。各事業場が処置に困っている"ゴースト"を退治し、効率的な業務体制を現場がつくる手助けをすることこそ、彼らの使命だという。
 そのためゴーストバスターズは、「事業現場」からの依頼を受けてからでないと出動しない。ゴーストを退治することで現場の利益を増やし、それが本社の利益につながれば、それでよしとしているのだ。「だから、名称をどうするかというときに、わたしは『儲かる隊』にしようといったくらいです」
 と、笑いながら山本氏はいった。しかし、あまりにも露骨すぎるとの理由で、却下。女性メンバーが提案したゴーストバスターズが、最終的には採用されたというわけだ。
 そのゴーストバスターズ誕生について語るには、88年3月にスタートした「経理VISION90」にまでさかのぼらなければならない。当時、経理担当の副社長だった平田雅彦氏(現・取締役)の発案ではじまったプロジェクトだが、その目的は「経理の仕事を肉体労働から、より頭脳労働にする」ことにあった。
  具体的にいえば、伝票のコンピュータ入力や製本といった間接業務に割く時間をできるだけ減らし、新製品の売価の検討や稟議の精査といった創造業務の時間を増やす体制をつくろうというものだ。つまり、ゴースト退治である。
  さらに間接業務の削減で労働時間を減らし、ゆとりを生みだすことも目的に掲げられた。現在、日本企業が進めている時短の先駆けでもあったわけだ。
  このプロジェクトを推進するために平田副社長直属の部隊として本社経理部内に新設されたのが、ゴーストバスタ―ズの母体となっているシステム開発グループである。といっても、当初のメンバーは、山本氏ただひとりだけだったという。
  システム開発グループがプロジェクト推進のためにやったことは、経理業務の徹底的な分析だった。業務を間接業務と創造業務あわせて250のアイテムに分析し、それぞれに使われている時間をはじきだしたのだ。
  そのために、松下グループ全体で2500人いる経理社員のうち部長クラスとマネージャーをのぞく2000人が協力した。それぞれが、ひとつひとつの業務に要した時間を1か月間にわたって詳細に記録していったのである。
 「その結果、創造業務が少なくて間接業務が多いということを改めて実感しました」とは、山本氏。次に、これらの業務をシステム化していくなかで、不必要な間接業務は省略していった。そうしてできた時間を、創造業務やゆとりにあてようというのだ。
  そのための強力な武器が、コンピュータ化だった。伝票もフロッピーに入力すれば、紙の伝票のように、保存のための製本という間接業務がなくなるといった具合に役立てていったわけだ。「計算では、間接業務を半分にし、創造業務を倍にできるはずなんですがね……」 といって、山木氏は笑った。ゴースト退治にも、理想とのギャップがあるということなのだろう。
  しかし「VISION90」を進めるなかで、業務内容を分析し、流れをシステム化して考えることで、ムダなものを省き、コンピュータ化などで労働時間を短縮する手法をシステム開発グループは構築した。つまり、ゴースト退治の武器を手にいれたのである。これを山本氏は、「システム思考」という。 「あらゆるところでシステム思考をとりいれていくことが、経営体質の強化になっていくはずです。現在の不況をのりこえるには、システム思考のできる人材を増やすことこそ重要です」 
 と、山本氏は強い口調でいう。そのシステム思考を他でも役立てるために組織されたのがゴーストバスターズだった。90年6月のことである。
  その彼らを積極的に招き、自らの業務内容をさらけだし、大手術のための助言を求める声は、松下電器のなかで強まるばかりという。
  不況脱出のカギが、自らの体質改善のなかにこそあると松下電器が考えはじめている証拠といえる。


「昇格候補者」を現場へ投入

  自らの問題を真撃にみつめようとする姿勢は、松下電器の他の面にも現われはじめている。いわゆる「1000万所帯訪問キャンペーン」も、そのひとつだ。
  その正式な呼び方は、「総顧客愛情点検訪問キャンペーン」。松下電器の製品を扱う系列販売店の「ナショナルショップ」は、現在、日本全国に2万4000店ほどある。そのショップが顧客として把握している数が1000万といわれており、その全部を訪問し、家電製品の使われ方をチェックするとともに、意見を聞こうということから「1000万所帯訪問キャンペーン」とも呼ばれているのだ。
  昨年の9月から11月にかけて行なわれたが、ショップの人間だけが訪問したわけではない。メーカーである松下電器の社員も、それに同行した。
  参加したのは、537名で大半が課長などへの昇格候補者だった。彼らが1000万所帯全部をまわったわけではなく、3か月のキャンペーン期間のうちlか月だけ参加した。しかし、松下電器としては初めての試みだった。「谷井昭雄社長の言葉を借りれば、お客様と松下電器の距離が遠くなってしまっているのでは、という問題意識がキャンペーンをやったひとつの理由でもありました」
  こういうのは、今回のキャンペーンを中心になって進めたリビング営業本部の酒井章副本部長である。
  メーカーとしては、よかれと思って多用な機能を次々に家電製品につけていく。ところがユーザーにしてみれば、複雑になりすぎて、逆に使いづらいものになってしまっているかもしれない。そうであれば、メーカ―のモノづくりが、どんどんユーザーの望むものから離れてしまっているのではないかという疑問だ。「キャンペーンに参加した人たちの話を聞くと、確かに、それを実感したようです。36個もあるビデオのスイッチが、実は6個くらいしか便われていない現実を肌で知るわけです。それを内部の人間が指摘しても技術者は聞こうとしません。ところが、お客様にいわれると、受けとめ方が違う。お客様との距離が離れているこ》とを理解するには、そのギヤ簿プを体感するしかないんです」
 と、酒井副本部長。その彼に、そのギャップが現在の家電不況の一因でもあるのかと尋ねると、「そうです」と力をこめて答え、次のように続けた。
 「お客様に買っていただくには、原点に戻って、本当にお客様のニーズにあった商品をつくることが大事だと考えています。それには、お客様との距離が離れていることを体感することが必要なんです」

レポート用紙5枚の「社長メモ」

 映像音響研究センター映像研究所第3開発室主任技師の坂下誠司氏も、そうした体感を経験したひとりである。彼は次世代のテレビ放送用の受信器を開発する立場にある。まさに、次の家電業界をひっぱっていくといわれる商品の開発に携わっているのだ。
  その彼が、キャンペーンに参加してショックを受けたエピソードを話してくれた。「ショップで待機しているとき、お客様から電話があって、『居間におくからテレビを持ってきてくれ』というんです。どれくらいの大きさなのか、細かいことは何もいわれません。 ところが、それだけ聞いてショップの人は、あそこの居間には、この大きさでこのデザイン、と即座に決めて持っていく。もちろん、それでお客様も納得するわけです」
  これが彼にとって、なぜショックだったのか。
 「わたしたちの立場で考えるよいテレビとは、きれいな絵がでるものです。そういうものを技術がつくれば、ストレートに売れる要素になると思っていたんです。
 ところが、お客様は商品の性能より前に、売る人との信頼関係で購入を決めていたわけです。売れる要素は技術より売る人の信用だとへ目の前でやられちゃいましたからね」
  こんな体感経験を、キャンペーン参加者の代表を集めて聞く席を谷井社長は持った。そこで彼は、レポート用紙に5枚ほども丹念にメモしていたという。社員の経験を通じて、社長自身も体感したのかもしれない。
  その体感が、すぐに商品に具現化されるわけではない。しかし、メーカー第一主義に浸りきっていた松下電器の体質を変える、なんらかのきっかけになるに違いない。
  ゴーストバスターズにしろ、,1000万所帯訪問キャンペーンにしろ、いま松下は電器は内側に目を向け、不況脱出のための体質を身につけようとしている。そうした体質改善は、バブルに浮かれた、すべての企業にいま訪われているのかもしれない。

 

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