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第2章システムズ・アプローチ

2ー1 従来の問題解決手法

(1) 問題解決手法の役割と位置付け

  第1章では、まず問題解決の基本的考え方とそのポイントについてふれてきたが、誰しも一番聞きたいのは、「どんな問題も何の苦労もなく自動的、機械的に解決できる方法はないのか?」ということである。結論からいうと、そのような「ところ天押し出し機」のような万能なものはないという方が正解であろう。

  そう結論づけると身も蓋もないが、もしあるとするなら「問題解決をするときに比較的よく使う有効な思考のパターンを体系化したもの」が存在するというべきであろう。

  問題解決力というのは、それこそ単なる手法にとどまらずそれを運用するスキルや技術、集団を動かすリーダーシップやコーディネート力、新しい斬新なアイデアを出す企画力、実行案をまとめ上げる構想力、そしてリスクテイキングできる決断力や最後までやり遂げる執念といった、それこそ人間の持つ「総合的な人間力」だといえる。いかなる問題でも、必死の努力と知恵と涙と汗の結果、解決できるものと心すべきである。

 では本章で述べる問題解決手法は一体どういう意味があるのかといえば、「宮本武蔵にとっての刀」と同じである。剣の道は、「心技体」すべてがそろって達人になれる。単に刀を磨き技を磨くだけでは不十分である。刀の使い手として誰よりも研鑽を積んだ武蔵が最終的にいたりついた境地は、刀を使わない名人の境地であった。

  テキストの手順通りに行えば、必ず答えがでるものと思われる人がよくいるが、こうした状態は、手法にこだわり手法にふりまわされているといえる。理想の姿は、多くの実践で手法を使いこなし、その場の状況に応じて自然と応用出来るのが理想である。

  とはいえ、丸腰で強力な問題に立ち向かうのも心もとないし、また達人への道もまず剣の修行からである。そこで以下に我々にとって有効な問題解決手法について述べることにしよう。

(2) 従来の問題解決手法の種類

  今まで我々がすでに職場において、あるいは研修などを通じて知っている、いくつかの問題解決手法と呼ばれるものがある。有名なものでは、生産現場での品質向上を目指し統計的なグラフやパレート分析、あるいは「魚の骨」でおなじみの特定要因図分析などQC7つ道具を用いて問題を主として定量的に解析していくQC手法。

  制約条件にとらわれずグループでアイデアをたくさん出しあい発展させていくブレーンストーミング法。出された多くのアイデアをカードなどで用いてグルーピングし要所をつかんでいくKJ法などは、比較的一般によくしられ小集団活動などに頻繁に用いられる。

  このほかにも生産管理などでよく使われるIE、OR。類似のものから様々なアイデアを連想し新しいアイデアを生み出すNM法。新製品の開発時などで用いられるVA/VE手法。本来の目的、機能を展開しあるべき理想像を明らかにするためにシステム設計などで使われるワーク・デザイン法などなどである。

  実はこの他にも「問題解決手法」というのは世界中で何百と開発されておりそれだけで一冊の本が出来るほどである。(本書は個々の手法を説明することが主たる目的ではないので詳しい説明は他書に譲ることとするが)いずれにしろこうした問題解決手法はそれぞれの目的と用途に合わせて色々と工夫されており、どれが良くてどれが悪いというものではないといえる。問題は個々の手法の特徴と用途を組み合わせ、問題の種類に応じて使い分ける必要があるだろう。

(3)経理が扱う問題の特徴

  さて我々が最も関心があるのは、我々松下の経理社員が抱える問題に対して有効な問題解決手法は何か?という点である。これを論じる前にまずわれわれの扱う問題というのは、一体どのような特徴があるのか整理してみよう。

  ご承知のように経理の仕事は、経営トップを支え各部門をまとめるスタッフの仕事である。その点で、一担当者の日常におけるルーティンの仕事といえども関係先は非常に多い。得意先、仕入先に始まり、トップ、開発・製造・販売という各部門の仕事、あるいは本部・本社や税務署などの行政組織などである。このためほとんどの仕事の改善、改革においては、こうした文化も風土も違う組織との調整や意識のすり合せが必要となる。課題の認識の全貌を明らかにし、関係者の間で共有することが重要になってくる。

  次に、問題の根本要因が簡単に特定できないことが挙げられる。例えば違算解決で先方の要因だと思って調べて行くと結局こちらのセールスマンの伝票の記入漏れが原因であったなどという笑えない話はよくある。以前調べたところ違算一つとっても、先方と当方の13ヵ所の人間が業務に携わっているというようなことがわかった。つまり、問題の原因を解明していくにあたって、原因のそのまた原因、さらにそのまた原因というような根源にまでナゼナゼと追及していく必要がある。

  次に挙げられるのは、何のために問題解決を行うのか、つまり目標そのものがあいまいで結果として形だけの形式的なものを追っているケースが多いということである。特に経営レベルでのテーマについていえることであるが、例えば「中期計画の検討をしていて、過去3年間は成長路線で規模の拡張を目指してきたが、向こう3年間は大きくしたものをさらに強力な体質にしていきたい。つまり質の経営を目指したい。結果として業界での地位を強固なものとしたい。」というようなトップの方針が確認されたとしよう。

  各部門からの具体的計画の取りまとめを事務局として経理部の一員であるあなたが担当したとしたら、さてどうするであろうか?この場合、「質の経営」というスローガンや、結果としての「業界における強固な地位」という方向性は理解出来ても、各部門が共通に目指せる具体的なゴール、目標を作るのは困難である。

  本来であれば、「質の経営」という言葉をさらに定義し直し、「ロスコストの削減を通じた資金的な体質強化」とか「製造リードタイムの半減による在庫の圧縮」とか「徹底した業務改善を通じた仕事の効率を30%向上」など各部門が共通して目指せる具体的なゴール、目標を設定しなければならないのだが、こうした「戦略的なターゲット」を構築するのが難しい。

  これがないと単に各部門の課題を寄せ集めただけのものになるか、あるいは「ロスコストをつぶせばいいんだろう」、「人を減らせばいいんだろう」というように大目標を忘れ形だけを求めて終わるという結果になりがちである。つまり、経営の本質までつきつめた、具体的に目に見えない共通のコンセプトづくりという重要である。

 【1】異なる組織にまたがる共通の課題づくり = 全体の鳥瞰図

 【2】問題の根本要因まで遡る          = ナゼナゼと問う

 【3】何のための改革か?ターゲットの明確化 = 目的の明確化

2-2 システムズ・アプローチ ー 新しい問題解決手法の特徴

 さてこうしたわれわれが抱える課題に対して有効な問題解決手法はどのようなものであろうか? 本書では「システムズ・アプローチ」という新しい問題解決手法を説明する。

 これはシステム思考(本来の目的を明らかにしながら、部分だけでなく全体を捉える考え方)をベースに問題解決を行う方法論のことをいう。

 本書で説明するのは、1990年松下電器本社経理に発足した「ゴーストバスターズ」という改革支援チームが様々な問題解決手法をベースにしながら、数多くの改革の実践経験を踏まえて開発してきた手法をもとに説明する。

 一言でその特徴を表わすと以下のようになる。

 (1)システム思考で問題解決

 多面的な全体像(鳥瞰図)、根本的な要因分析(ナゼナゼ)、長期的なあるべき姿・本来の目的という『多長根』という視点で問題解決

 (2)改善型から改革型

   従来の価値観の延長線上の改善ではなく抜本的な問題解決

 (3)集団的、組織的問題解決に適合

     イメージ情報を駆使して互いの意識や価値観をすり合せ共有化

 し風土や文化を異にし異なる組織、集団にまたがる問題解決に有効

 (4)問題解決の全プロセスをカバーした統合手法

   単に手法のみでなくコーディネイト・スキルや改革者の魂まで包含

2-3 改善から改革へ 〜 今、改革の必用性 〜    

 上記で述べた、「改善」と「改革」とはどのように違うのだろうか?

 この違いをイメージによって明らかにしたのが右の図である。「改善」というのは不良率の削減とかコストの削減などのように誰が考えても価値のあるモノサシの上での問題解決である。 従来の価値観の延長で発想できる問題解決である。 

 ところが、「改革」というのは目標とするべきもの自体を新たに作らなければならない。つまり従来の価値観や風土、慣習などを前提にした問題解決ではない。そのため結果として、ある段階から「不連続」に新しいものを抜本的に生み出すものとなる。

 「改善」の場合、問題の原因分析や解決案のアイデア出しなどに重要ポイントがあるが「改革」の場合、新たなる共通の目標がどのようなもので、何のために改革が必要かという共通認識を作るところから始めなければならない。「改革、改革」と叫ばれるがその難しさはこうしたところにある。

 さて、ではなぜこうした「改革」が必要となるのだろうか?これは、時代の変化、環境の大きな変化の中で従来やってきたやり方やその前提となる価値観、意識などが成り立たなくなるためである。ここに改革の必要性がある。つまり改革とは従来の価値観をもう一度洗い直し、ゼロからあるべき姿目標を構築・設計することになる。

2-4 システムズ・アプローチの考え方


  システムズ・アプローチによる問題解決は上の図を用いると分かりやすい。危機感やビジョンなどを前提にして改革へのニーズが芽生えたとすると、まず、「A 現状」の認識と「B あるべき姿、目標」を明確に定めることから出発する。この際、目指す目標は従来の価値観の延長ではないため多くは価値観の対立が起こる。

  そこで、「C 価値観」のすり合せの必要が生じる。改革の場合、多くは「総論賛成、各論反対」というようにある部門の既得権益を侵したり、特定部門にとっては犠牲を強いることになる。この場合、この「価値観」つまり何のために改革がいるのかという価値観をはっきりさせることで、理念と原則が固まり、つよい抵抗も突破できる。

  ここまでくると次に、どうしたらその目標が実現できるのか? という 「E 方法論・道具立て」の検討に移る。これには、制度仕組や情報システム技術など大きく目に見える要素(Visible Factor)と、人間の意識や組織の機構やトップのリーダーシップなど目に見えないに要素(Invisible Factor)にわかれる。よく仕組やマニュアルはうまくできたが運用がついていかずに失敗する例としてInvisible Factorを考慮にいれない場合があるので注意を要する。

  そして最後に「どういう手順で目標に至るのか?」という「F 戦略・ストーリー」作りということになる。抜本的改革を指向する場合、当然今までやってこなかったことを新たに試行しなければならないケースが多い。また推進上ネックになることや新たに開発しなければならない課題もある。こうした場合、目標へ至るプロセスは単純なものではなく一度に目標を達成出来ない場合がほとんどである。そこで、まず全体をにらんだシナリオづくりが必要となる。それが固まってはじめて「いつまでに何をするか?」というスケジュールが固まる。

  場合によっては、シナリオは一通りとは限らない。将棋の手を読むのと同じで状況や相手の出方が変わればシナリオも変わるので柔軟な対応が必要である。

2-5 システムズ・アプローチの実例

  先ほどの決算日数短縮の事例を例にとって説明すると次の図のようになる。現状と目標である、あるべき姿を業務フロー図で表わすと、解決すべき課題は未払い伝票処理の早期化ということになった。そして、そのための具体的な方法論を練り上げ、シナリオを作り、スケジュール化したわけである。

  ところが、もし各部門に伝票の早期回収を依頼した時に、「なぜ経理のために伝票を早く持っていかなければならないのか?」というクレームが入った場合、あなたなら何と答えるであろうか?

  あるいは、こういう人がいたらどうだろう?「私は決算をやりながら部下のミスを見つけたときに一つ一つ教育しながらやっているのだ。(だから早くやる必要はないだろう)」、「重要なのは業績を上げること、つまり決算の中味であって、赤字の決算書をいくら早く作ってもしかたないだろう」

  このように抵抗されるケースは改革の場合、非常に多い。

  ここでの注意は、目標とした「決算3日」は何のためにやるかという価値観にある。ここではトップへの情報提供、経営改善への早期着手を目的としているのであって決して経理一部門の利益のためにやっているわけではなく、また経営を改善するためにやるのであって大目標は変わらない。

  また教育という要素があれば、つどメモにとっておいて後からフォローするとか必ずしも決算の早期化という目的とあい反するものではないはずである。

  このように目的をはっきりさせないと、予想外の反発を招いたり、あるいはせっかく作った制度やシステムも十分な協力が得られず空回りしてしまうことが多い。

  さてそれでは、以下の章で、各ステップを追ってさらに詳細に具体的な進め方をみてみることにしよう。

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