トップ / 改革理論 / チェンジエージェントが会社を変える 雑誌『人材教育』 2006 年 11 月号特集;「チェンジ・エージェントが会社を変える」株式会社 ニューポート代表取締役 宇佐美泰一郎
チェンジ・エージェントが会社を変える (1)チェンジエージェントとは?「改革を成功させる最大のポイントはなんですか?」 私が改革をテーマにした講演を終えると、必死の形相で一人の男性がこう訊ねてきた。私はしばらく考えてからこう答えた。 「改革を成功させる上で最も重要なポイントは、「人」です。要するに改革出来る人がいるかどうかです。 『改革が出来る人』というのはそれに相応しい3つの力が必要です。」こう話すと彼は身を乗り出してきた。 「まず第一に『智恵のある人』。幅広く豊富な知識をもとに、ここぞという時に問題解決のアイデアをひねり出せる人。二つ目は、『器量の大きい人』。本質的な改革を行うには、深い哲学、思想を持ち、反対する人たちを説得しリード出来る力が必要です。」この後、私はきっと厳しい顔つきで言葉を続けた。 「そして三つ目は、『志のある人』。いざ改革を始めると次から次へと立ちはだかる壁が出てきます。いくつもの難問や壁にぶつかっても、成功する最後までやり続けられる「執念」があるか、また自らの利害得失を離れ、「無私」の心になれるかどうかです。この『志』があれば、改革は必ず成功します。」と。 この話の中の『改革が出来る人』というのが今回のテーマ、『チェンジ・エージェント( Change Agent )』、「改革推進者」である。 今なぜチェンジ・エージェントなのか? P..F. ドラッカーはその著書『ネクスト・ソサエティー』の中でこう述べてい る。「組織が生き残りかつ成功するためには、自らが『チェンジ・エージェント』、すなわち改革推進者とならなければならない。変化をマネジメントする最善の方法は、自ら変化をつくり出すことである。経験の教えるところによれば、既存の組織にイノベーションを移植することは出来ない。組織自らが、全体としてチェンジ・エージェントへと変身しなければならない。」 組織を変えたければ自分自ら変われ、『自己変革』をおこせ。その結果、自然と周りも変えることが出来ると言っているのである。 今日、新聞、雑誌、テレビで「改革」という言葉を聞かない日はない。世はまさに「改革」ブームである。しかし、実際のところは、声高に改革を叫び、最初は威勢よく始めたものの、中身のない中途半端で終わっている改革が余りにも多い。ただ「改革」とだけ叫べば、時代をリードしているといった錯覚すらある。 それはなぜか?その答えはチェンジ・エージェントがいないからである。自ら覚悟を決め腹をすえ、志を持ったチェンジ・エージェントへと『自己変革』することなく、組織を変えよう、会社を変えようとしても、鳴かず飛ばずで終わり、改革は成功しない。これが改革がうまくいかない最大の理由である。 技術が、文明が、そして人間の意識が大きく変わる時代の節目である今日。あらゆる組織で「改革」は不可避である。真に改革を成功させるため、今こそチェンジ・エージェントが求められる。 3 . チェンジ・エージェントの役割と責任 それでは、会社や組織を変える上でチェンジ・エージェントは何をするのだろうか? 一つは組織の抱える問題を解決するため、制度・仕組、技術・システムを作り変える目に見える側面を変革すること。そしてもう一つは意識改革、組織改革という目に見えない側面を変えていくことである。具体的には以下の4つになる。 【チェンジ・エージェントの役割と責任】 (1)改革への動機づけ 組織に属する一人ひとりが、改革を行う必要性を理解し、全員が改革への欲求を高める必要性がある。そして改革に挑戦するよう動機づけを行う。 (2)改革への決断を促す 改革の必要性を認識したとしても、いざ改革に着手するとなると、途中でひるむ場合が多いのも事実。そこで、断固として実行するべく、改革へ挑戦する決断を促す。 (3)改革の組織化 改革を確実に実行するためには、責任と権限を与えられた改革の組織作りが重要になる。このように、チェンジ・エージェントは全員の改革への意志を実行に移させるように働きかける。 (4)改革の見届け・フォロー 改革は一朝一夕に成し遂げられるものではない。実際にはトライ アンド エラーを繰り返しながら、継続して行われるもの。最後の最後まで改革の行方を見届けることも必要となってくる。 4 . チェンジ・エージェントに求められる意識改革 改革を阻む深層心理 以前、私の友人がこんな話をしてくれたことがあった。「我々組織人は、やることは簡単さ。我々の仕事というのは、ちょうど上司から塗り絵の宿題を与えられて、その決められた枠の中を塗り残しなく奇麗に塗った者が誉められるんだ。塗り残しがあると評価はマイナス。一番いけないのは、枠から飛び出て塗る人間。どんなにそれが良いことでも、枠から飛び出て塗ると、上からも周りからも叩かれる。それが組織なんだよ。」 人間だれしも誰かに認められたい、評価されたいという心理はつきものである。しかしその結果「お客様に喜ばれる仕事」、「自分として納得のいく仕事」、「理想に燃えた仕事」、「社会的に正しい仕事」という本質とは食い違ってくる。このように与えられた枠、「口」という字の中に「人」という字が入ると、「囚」という字になる。この「囚われの心」こそ改革を阻む深層心理となる。 (2) 改革を阻む4つの心理的タイプ この深層心理は以下のような4つのタイプからなる。 タイプAは「弱い自分」。改革しょうという意欲はあっても、周囲からのさまざまなプレッシャーに打ち勝つことができない、執念を喪失してしまう心理。比較的、若手の社員に多く見られる タイプBは「囚人」。改革しようと発想する以前に、目先のことに追われて、ただただ環境の中に縛り付けられ、主体性を失った心理。組織においては実務の中核者に多くみられる。 タイプCは「頑固者」。これは、過去の経験や価値観にしがみつき、改革についていけない心理を現す。「出来るなら、今まで通りの方が楽でいい」という心理。これはベテラン社員に多い。 タイプDは「カオス(混沌)」。この心理は、やらねばならないことがあまりにも多すぎて、霧がかかったように先が見えず、何をどう判断し、どう取り組んでいいかわからない目標を喪失してしまっている心理状態であり、組織の責任者に多くみられる。 後ろ向き心理から前向き心理へ チェンジ・エージェントはこれら意識を以下のように変えていかねばならない。 【タイプA】「弱い自分」から「強い自分」へ 周りからのプレッシャーに負けてしまう「弱い自分」ではどうにもならない。必要なのは山登りと同じで、地道な一歩一歩の積み重ね。着眼大局着手小局で、小さな成功を一つずつ積み重ね、自信を深めていくことで「強い自分」へと変えてくのである。 【タイプB】「囚人」から「主体性人間」へ 日ごろの生活や目先の仕事に追われると、疑問を感じなくなり、ただただ機械的に流されてしまう。そこで問題を他人の責任「他責」にすることなく、自分の課題「自責」としてとらえ、主体的に働きかけていく、「主体性人間」に変わっていく必要がある。 【タイプC】「頑固者」から「普遍性踏襲者」へ 時代を通じて変わっていくものを「流行」と呼び、時代を通じて変わっていくことのない普遍的なものを「不易」と呼ぶが、この「不易」なものを真に見つめないと、本当の改革にはならない。単に古いものにしがみつく「頑固者」から「普遍性踏襲者」に変わらなければならない 【タイプD】「カオス」から「強力な決断者」へ 改革を迫られる時、課題や問題が山積している。こうした「カオス(混乱)」の中では、多くの人たちの意見や声に耳を傾け、数ある課題の中から何が本質的な課題かを見抜き、明確に目標を定め決断し、「強力な決断者」に変わる必要がある。 王陽明の「山中の賊を討つは易く、心中の賊を討つは難し」の言葉のようにチェンジ・エージェントはこうした心の賊を打ち砕かねばならない。 5 . チェンジ・エージェントに求められる組織改革 (1)組織にはびこる病 改革を阻むのは心の意識だけでなく組織の病もある。一人一人の囚われの意識が進んでくるとやがて、組織は徐々に硬直を始め、さまざまな症状が随所に見えてくる。下記が主な現象である。あなたの組織はいくつ当てはまっているだろうか? 【組織にはびこる病】 ◎上司と部下の意思疎通が出来ていない。 上は下の意見を聞こうとしない。結果として現場の実態がつかめなくなる。 ◎やたらと上を向いて仕事をする。 上からの評価を気にして、思ったことが言えない。ヒラメ現象 組織全体の動きが見えない。 自分の周りしか目に入らなくなり大局を見失う ◎組織と組織の壁が厚い。 セクショナリズムがはびこり協力できない。 ◎組織全体の目標を見失う。 企業の場合であれば、「お客様」が見えなくなる。 ◎弱いところにしわ寄せが来る。 声の大きなところの意見がまかり通り、弱いところにしわ寄せが来る。 ◎決めるべき人が決めていない。 トップなど意志決定がうまく行っていない。方針・理念が不明確 現場を知らないスタッフが机上の案で現場を動かそうとする。 プレゼンがうまく世渡りのうまい人間が幅をきかす ◎建て前や形式主義がまかり通る。 過去の因習や前例を重んじ、変革に抵抗する。 (特に上層部の)公私混同がはびこる。 内と外、公と私のけじめや緊張感がなくなり組織の空気がよどむ 。 (2)こたつミカンと組織の構造的問題 こうした現象は、組織の活力と覇気を失わせ、個々の人間の個性や可能性も奪ってしまう。しかも組織内の風通しは徐々に悪くなり改革を阻むのである。次の漫画をご覧いただきたい。のんびりとこたつに入って、みかんを食べながらくつろぐ家族がいる。さも満足げで一見幸せそうだが、彼らが住んでいる家を見てみると、その地盤は方々にひびが入り、今にも崩れそうな土台の上に建っている。家の外から全体を見ている人はこれが良く分かるが、、家の中で「こたつミカン」している人には自分達の危機的な状況は理解出来ない。こんなに大変な状態になっていても、特に気に留める様子もない。例えば、時にグラッと少し家が揺れたとしても、「どうせ軽い地震だろう。たいしたことないよ。」と傾いた壁の絵を元に戻す程度である。抜本的な改革を求められる時代においては、土台から変えていかないとまずい。こたつミカンこそが克服すべき最大の組織の病ということになるだろう。 (3) チェンジ・エージェントに求められる組織変革( OT ) チェンジ・エージェントに求められるのは、個人の意識と同時に、組織の病の克服である。組織論の学者、フランク・バーンズはこの組織の変革について、組織変革理論( OT; Organizational Transformation )を表わしている。彼は次の図のように組織は4つのレベルを経て進化をすることを述べている。最初のレベルは「バラバラ( Fragment )」な組織で各自が自分のことしか考えず罰則主義で動かすレベル。何事にも反発する、( Reactive )。次に「封建的( Hierarchy )」な組織で教育的なマニュアル主義や階級的な統制がはびこる。とりあえず言われたことには応える( Responsive )。そして、次に各自がそれぞれ次に何をするかという目標を管理する「目標管理型マトリクス( Matrix )」組織で、常に前向き意識に進化し始める( Proactive )。最後に最も組織としてパフォーマンスが高いレベルが「ネットワーク型( Network )」組織のレベルである。各自のメンバーは高い志と理想に燃え、積極的に組織に参加し、誰に命令されるわけでなく自ら主体的に理想を実現しようとする自律的な組織である( High Performing )。 改革を通じて、強力なチームができ上がっていく課程、必ずこうした組織のレベルが進化していく。チェンジ・エージェントはこの組織の変革の触媒ともなる必要がある。 6 . チェンジ・エージェントの志 (1) チェンジ・エージェントに求められる魂 さて、チェンジ・エージェントの役割について述べてきが、これを読まれて、「チェンジ・エージェントとは大変な仕事だな」と感じられた方も多いかと思う。確かに、すべての条件をクリアしなくてはならないとなると、大変なことである。 歴史的に見ても、過去改革を成し遂げた英雄というのは、決まってこうしたチェンジ・エージェントであった。インド独立の父マハトマ・ガンジーや、偉大なる大統領であったジョン・F・ケネディー、明治維新の立役者である坂本竜馬や西郷隆盛など、まぎれもなく彼等は皆歴史を動かしたチェンジ・エージェントであった。 こうしたチェンジ・エージェントたちに共通して言えるのは、強い「使命感」を持っていることである。高い理想を現実のものにするために執念を燃やし続けた彼等。いかなる困難にも果敢に挑むためには、やはり強い使命感を持ち続けなければならない。この「使命感」の根底には、以下のような3つの心構えを持つ必要がある。 ● 一人ひとりの苦しみを感じ、自分のこととして考える 道元は「魚を捕ろうと思うならまず自分が冷たい川の中に入りその温度と体温が一致するまで我慢しなければならない。人々の苦しみを我がものと思わなければ人はついてこない」と教えた。現場から遠く離れた上の人間が机の上で改革案を作り、現場の実態や意識とのズレが生じて失敗する例が非常に多い。そのためにも一人ひとりの悩みや苦しみを単に他人事として聞くのではなく、自分の悩みや苦しみとして捉えることが重要である。 ● 常に慈悲の心を持って、人々の悩み苦しくを取り払う 仏教でいう「慈悲の心」とは、人々の苦しみを取り払い、人々に楽を与えることを意味する言葉である。真言宗の開祖である弘法大師は、こうした慈悲の心で飢餓や疫病に苦しむ人々を救うために全国をくまなく行脚し、人々の苦しみを取り払い、楽を与えてまわった。チェンジ・エージェントも強い使命感の裏にこうした慈悲の心というものが必要である。 ● 私利私欲を取り払い、常に理想を実現するべく、高い視野から発想し 行動する 最後にチェンジ・エージェントの心構えとして重要なことは、私利私欲をなくし、高い視野から発想し、行動するということである。当然、改革の成否はそれにかかわる多大な人間に影響を与える。しかも、組織の命運をかけて行う場合が殆どだから、改革を進める人間が個人的な利欲を持って推進したのでは、他の共鳴も得られず、知恵も力も集まるものではない。しかも、対立する利害関係を持った組織や人間関係をも巻き込んで改革を推進するとなると、常により全体の利益を見ながら、長期的視野で発想し、行動することが求められる。 (2) 改革の志の確立 ー 志の草だんご さてチェンジ・エージェントとしてこうした心構えと信念を持つための基本は、何事にも囚われることのない自立した志を確立することが求められる。下の図は改革の志の確立を現した「志の草だんご」という図である。 3つのおだんごが串ざしになった状況を思い浮かべていただきたい。一番下の御団子は、「どう食べていくか?」という御団子。これは、生活していくためのお金や身分を保証してもらうためにどんな組織に所属するかというものでもっとも基本的なものである。 真ん中の御団子は、「自分としての個性や生き様」など、どのようにいきたいか、「ありたい自分」、「なりたい自分」というもの。 そして最後に一番上の御団子は、社会や組織、周囲の人々との関わり方で、「どのように貢献するか?」「どのように喜んでもらえるか?」、そして「社会や組織をどのように変えたいか」という御団子である。 例えば、あなたが大学卒業を控えた学生だとしよう。人生いきていくためには、まず生活をしていくお金が必要になろう。さらに卒業して同窓会にいった時、「私は今こんな仕事をしています。こんな組織に所属しています。」といった肩書きや所属する組織といったものが必要になる。これがないと、親も親戚も心配になって「あそこの家のなになにちゃんは今どうしているの?」ということになってしまう。これが一番下の御団子である。 そしてやがてあなたはある会社で働きはじめ、仕事も覚え、人間関係も出来、社内での地位も確立してきた。そうすると、徐々に自分なりの夢や「こんな仕事をしてみたい」、あるいは仕事を通じたやる気や充実感を得たいと思うようになるだろう。また、こういう人間になりたいとか、人からこういう人間に見られたいという、お金や身分保証とは異なるあらたな欲求が出てくるのが自然である。これが、まん中の御団子である。 そして最後にあなたが組織の中でどんどんと地位が高くなり、責任ある立場にたつようになると、今度は自然と社会に対する貢献がより強く求められるようになる。どんな会社にしたいかというビジョンや哲学である。これが一番上の御団子ということになる。 ここで大切なのは、志が確立した状態というのは、この3つの御団子が、一つの仕事なり事業なり、あるいは人生という串で貫かれている状態をいう。すなわち、「自分としてどういきたいか、どうなりたいか」ということと、その上で「社会や組織にどう貢献したいか、どう変えたいのか」ということ、さらにそれが仕事として「収入や身分保証にどうつながるか」ということが一つになっていることである。 そして、この串はしっかりと地に根をおろし、すなわち現実を踏まえつつ、天に向かって、すなわち宇宙の真理や理想に真直ぐ通じているか?ということである。 つまり、自らの行いは、「自分自身に対して誠か?」「天に対して誠か?」「周りの人達に対して誠か?」という、「誠を尽くしたもの(至誠)か?」という腹がすわっていなければならない。 この志の草だんごが完成した時、自らの志は確立し、周囲に囚われることもなく依存することもなく、私利私欲を離れ、理想に向かって行動がとれる。そしてこの3つの御団子がぐるぐると気が流れることで、串も御団子もどんどん成長し太く大きくなって、さらに志は強固になっていく。真のチェンジ・エージェントは常にこの志の確立が求められるのである。 プロフィール 宇佐美 泰一郎(うさみ たいいちろう) 1962年、名古屋市生まれ。早稲田大学理工学部経営システム工学科卒業。松下政経塾卒塾。「経営の神様」松下幸之助翁の直弟子として指導を受け、その後、10年間に渡り松下電器産業の顧問コンサルタントとして改革支援チームを指導。数多くの企業、組織にて改革を成功に導く。チェンジ・エージェントの育成を通じた組織変革には定評がある。改革支援サイト( http://newport.jp )を運営。株式会社 ニューポート 代表取締役。中小企業診断士。
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