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この目で見たアメリカ・テレコム最前線(8)
―公共分野における情報通信事例研究―

宇佐美泰一郎

 前回は、創造性、柔軟性にあふれた人間の頭脳と頭脳とをネットワーキングする、究極の戦略的情報システム(SIS)として、88年大統領選挙におけるパソコソ通信の活用事例を取りあげたわけである。
 さて今回も、パソコン通信を使ったいくつの事例をご紹介したいと思う。

1.パソコン通信を通じた社会参加

 パソコン通信とは(以前にもご紹介したように)ワープロで作った文章によって離れたところから互いにコミュニケーションを行なうという新しいテレコムである。
 この「離れたところから行なうコミュニケーション」という機能は、ある意味で今まで出来なかったことを可能にしてくれる部分が大きい。
 戦後、大量生産・大量消費社会によって、マスコミが発達し、一部では消費者は神様ということで、お金を持った物が優位に立ち、羨やまれる拝金主義が横行したことは否めない。
 その反面、いわゆるお年寄りなど、社会的な弱者といわれる人たちは、一般的な社会の流れからは外され、積極的に、そして主体的に社会に「参加」していくことは、難しかった。
 テレコム、なかでもパソコン通信は、こうした人たちでも、もう一度社会のなかにとけこみ、積極的に社会参加していくことが出来る。
 今回は、「行政における離れた場所からの社会参加」そして「高齢者の社会参加」という2つの事例を見ていこう。

2.テクノ市民による新しいギリシャ社会の創造
=キャピタル・コネクション(サクラメント市)=

〜広範な加州をカバーするネットワーク〜

 カリフォルニア州サクラメント市。カリフォルニア州といえば、ロサンゼルスを始め、サンフランシスコ、サンディエゴといくつかの全米指折りの大都市を抱えるなかに、このサクラメント市がある。
 あまり知られていないが、このサクラメント市は、州政府、州議会と州の政治的な機関が集中する「州都」である。
 ご存じのようにカリフォルニア州は、全米でもアラスカと並んで、最大級の面積を誇る。しかもカリフォルニア州だけでも、世界の日のGNP8位にあたる巨大な州である。
 このことが、勢い加州の政治の中心地サクラメント市の役割を重要なポジションに高めているのである。
 この「大きな州」をカバーするために、始められたのが「キャピトル・コネクショソ(Capital
Connection)」というパソコン通信のネットワークである。

〜キャピタル・コネクションの誕生〜

 州議会議員で商務委員会(Commerce Committee)の議長を務めていたグーェン・モア(Gwen Moore)女史は極めて革新的な女性のひとりでもある。
 当時、1987年秋のことである。商務委員会では、加州におけるCATVやビデオテックスなどテレコムの活用について取りあげ、議諭を進めていた。内外の法律家や官僚を集めて、話し合われていたこの会議に、一つの革新的な火を付けた人物があらわれた。
 ボブ・ジャコブソン(Bob Jacobson)その人である。加州議会の筆頭コンサルタントを務めていた彼は、この商務委員会でパソコン通信を導入しようと提案したのである。
 「コンセプトは、エレクトリック議事堂、ギリシャ時代の集会とでもいえましょうか?」と高らかに理想を語った。
 「市民は重要な政策について、議員と直接対話し、また市民同志でも議論できるんです。これこそ我々がこのキャピトル・コネクションの中で試みようとしていることです。つまりギリシャ時代の民主主議を、この電子的なメディアを通じて実現しようというのです。」
 こうしたボブの提案に共鳴したモア女史は、手始めに自分の選挙区の支援者との間で、現在討論している、電子メディアの活用について話し始めた。テーマもテーマなら、それに最もふさわしい情報手段をもちいたわけである。

〜パソコン通信による市民との対話〜

 彼らの試みは、まず正しく情報公開するところから始められた。
 * テレコム政策
 * テレコム活用方法検討委員会活動内容
 * テレコム問題のディベイト
 * 新聞社等へ流す情報
 などである。ここでの活用はあくまで、プロトタイプであって、うまく回れば他の委員会にも広げようというものであった。
 参加者は、最新の議会での討論を知ることができ、また議員を含めて互いに、電子メールを使ってコミュニケーションをすることが可能になった。
 しかも革新的なモア女史らしく、ここでの支援者の発言の内、素晴らしいものは進んで本会議の席で取り上げだしたのである。
 今では、彼らの試みは確実に市民たちの間に定着していき、議員たちに手紙を送るのではなく、電子メールやBBS(電子掲示板)で自分たちの意見を送る若者達がふえてきたのである。
 こうした事が、大きなコストもかからず、確実に政治の中枢にアクセス出来るようになったわけである。
 広い加州では、どんなに州議会が市民向けのパンフレットや公報誌を出しても、市民に届けられることは難しい。
 このキャピタル・コネクションは、こうした広く離れた市民に対して、情報を公開するだけにとどまらず、市民たちの意見を吸い上げる事も可能になるのである。
 ボブは、こうした市民を「テクノ市民(technocivic)」と呼んでいる。近い将来、こうしたテクノ市民たちが、新しいギリシャ時代を築きあげることだろう。

3.高齢者の高齢者によるネット

=シニア・ネット(Delphi)=
 市民による「参加」は何も政治参加だけには止まらない。高齢者の社会参加という側面もある。この事例は、これから高齢化社会を迎えるわが国に大きな示唆を与えてくれるものと思われる。

〜コロラドの老人ホームでの衝撃〜

以前、本連載で取り上げた、「パソコン通信を地域活性化」に用いたコロラド州オールド・コロラド・スプリングスを調査していたときのことである。
 (以前に紹介した)地元の電子会議チャリオットの運営者であるデイブ・ヒュージ氏が、「熱心なユーザーがこの近くにいるので。一度会いに行こう」という事になり、デイブ氏に連れられて、そのユーザーの家まで会いに行ったのである。
 なんとそこは、地元にある老人ホームであった。名前は、コロラド・スプリソグス・シニア・センター。この老人ホームは特別養護老人ホームのように、体の自由が全くきかない重度の老人ではなく、むしろ比較的体の自由がきく、元気なお年寄りが集まっている老人ホームである。
 ここに住んでいる人だけでなく、周囲のお年寄りも毎月一定の会費さえ納めれば、ここの施設を利用したり、催しものに参加できたりする、一種の高齢者を対象としたコミュニティー・センターのような場所である。
 ここに入った第1印象は、「これが木当にお年寄りなのだろうか?」というくらいに、皆さん發刺としているのである。
 それもそのはず、このセンターのカリキュラムは想像できないくらいに、盛り沢山なのである。
 * エアロビクス
 * ジャズダンス
 * ウエイト・トレーニング
 * 油絵、デザイン教室
 * 彫刻、陶芸
 * 編み物
 * お料理教室
* 写真教室
 * 演劇、ドラマクラブ
 * スペイン語教室
 * 歴史.文学教室
 などなど。この他にも、イベントとして、旅行に行ったり、パーティーがあったりと、実にエキサイティング。
 これらの教室は、大体週に1、2回行なわれ、行政府からの援助もあって、1回百円とか2百円くらいの授業料で、参加者は、すぺて50〜7、80歳代のお年寄りたちである。彼らの生き生きとした表情などは一度見て頂きたいほどである。

〜70の手習い―パソコン教室―〜

 デイブ氏に案内されて、このセンターの奥に入っていくと、パソコンの端末が10台くらい並べられた、コンピュータ・ルームがある。
 差し詰め、どこかの会社の端末ルームかと思わせる様子なのだが、使っているのは、みなお年寄りばかり。
 熱心にパソコンの前に座って操作をしていたお年寄りのひとりが、デイプ氏が入ってきたのに気づいて、後を振り返った。
 「いやー、ようこそデイブさん。しばらく」元気のいい張りのある声で答えたのは、ジャック・カルドウェルさん(66歳)。その声に気づいて、もう一人トープ・マッカーソンさん(75歳)も振り返った。
 「あなたが、デイブさんですか?いつもチャリオットではお世話になってます。」トーブさんは、デイブさんに会うのは初めてらしい。
 もう一人ネリーさんという女性の方がパソコンの前に座っている。ジャックさん、トープさんよりも若干歳は若く見える。私達が色々はなしだすと、一緒に話しの輪のなかに入ってきた。
 そして私とデイブさん、そしてこのセンターのジャックさん、トープさん、ネリーさんの5人で話が始まったのである。
 「いやー、びっくりしました。だってキーボードっていうのは、若い人間でも抵抗感がある物ですが、皆さんお年寄りなのに、パソコン通信をされてるんですね!?」と私が素直に感想をいうと、ニコニコ笑いながら、得意げにトープさんが説明を始めた。
 「うんうん、よく皆さんに言われますよ。このセンターにはね、こうして教室もあってね。常任の先生も1名いるんですよ。」と。
 「じゃー、あなたが先生ですか?」と私は隣にいたネリーさんに聞いてみた。
 「ちがいますよ。私はただの生徒です。」とネリーさんが答えると、横からトープさんが
 「いや、でも私はネリーさんから、教わったけどね。」と言い出した。
 今度はデイブさんが、「えー、どういうことだい。」
これに対して、ジャックさんが「簡単ですよ。親が子を教え、子が孫を教えっていうことです。」
 「ということは、パソコンを覚えたのは、つい最近なんですか?」と私が質問したのにたいし、トープさんが詳しく説明してくれた。
 「私は75歳、隣のジャックは66歳。でもパソコンを覚えたのは、このセンターに通いだしてからですから、2、3年前ですかね。それ以前には、タイプライターも触ったことはありませんでしたよ。」さらに熱心に話を続けた。
 「しかしね、やってみると面白いものです。私もネリーさんに聞いて始めたんですがね、特に面白かったのは、パソコン通信ですね。今は、地元のチャリオットともう一つ、シニア・ネットと、いうのに凝ってるんですよ。」
 シニア・ネットというのは、Compu Serve、The Source という大型の商用ネットワークの一つである、Delphi の中に作られた、高齢者専用のコーナーである。
 画面を覗くと、いくつかのメニューが表示される。政治や経済という堅い話題から、趣味のコーナー、歌謡曲の話題まで帽広くある。
 いわゆる高齢者同志の会話というより、参加する人間は高齢者でも、テーマや会話の中身は、ごくごく一般的なものである。
 ジャクソソさんが話を始めた。
 「私もね、トープさんに教えてもらって始めたんですが、実に面白い。アメリカ中の人たちと色々な話が出来るし、友達にもなれる。今日も、カリフォルニアとオハイオの全くあったことのない人から電子メールが届きましてね。毎日が大変楽しいですよ。それにね、指先を使うとボケも防げますし(笑い)。」
 歳を取ると、どうしても体が弱り活動範囲も狭められる。しかしパソコソ通信を使って、トープさんもジャクソソさんも世界へ広がる、もう一つの窓を手に入れたのである。
 そして窓の向こうには、会ったことはないけれど何十人、何百人といった友達と手を取り合うことが出来る。
 こうした喜びはえも言われぬ物であろう。
 ここにもまた、テレコムを通じた、心あたたまる新しい世界が広がっているのである。

<参考文献>
 *Computer Currents (Aug.25、1987)
"The Capitol Connection";David Betterson
*Golden State Report (Nov.1987)
"Laptop Legislator";Lillieanne Chase
 *State Local Computing (Nov.6、1987)
"California Tries Electoronic Democracy" ;Eric Fedell
 *San Bernaroiro (Nov.9、1987)
"Electoronic democracy getting a capital tryout" ;Jeannine Guttman

(松下政経塾 塾員)