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この目で見たアメリカ・テレコム最前線(4)
―公共分野における情報通信事例研究―

宇佐美泰一郎

 前回までは,一般の市民がいかにして,町づくりに参加するかという点で,CATVのなかでもパブリック・アクセスチャンネルについて,お話してきた。今回は,特に政治関係への利用ということで,ガバメント・アクセスチャンネルについてお話しよう。

「テレコムによる新しい政治の流れ」
〜参加型民主政治〜

 リクルート事件、消費税の導入など昨今の自民党の政治腐敗には,目を覆いたくなるものがある。しかも,どんなに政治が腐敗していようと,我々国民の声はなかなか「お上」には届かないし,また政治の舞台,国会の中で何が行なわれ,どんな審議がなされているかも,「密室政治」といわれ国民の前には,そのままの姿を伝えられることは少ない。
 例の江副,中曽根証人喚問の時でさえ,テレビは,国会のなかに「テレビカメラ」を持ち込むことさえかなわなかった。
 民主主義とはいえ,ことほどさように,日本の場合は,我々国民が直接政治の状況を知り,参加していくことは,困難なことがしばしばである。
 ところが,民主主義の先進国アメリカでは,少しばかり状況が異なっている。それもテレコムという新しい「道具」を使って,本来の民主主義を可能にしているのである。
A.C-SPAN
〜連邦レベルのガバメント・アクセス〜
 「24時間,政治・議会情報のみを放送するCATV。今政治の世界で,何が話し合われ,どのような意見が闘わされているかだれでもわかるCATV。」
 こんなユニークなCATVチャンネルが,C-SPAN(Cable Satellite Public Afairs Network)である。
 キャピトル・ヒル(Capitol Hill;米国国会議事堂)にほど近い,首都ワシントンの中心部に本部を置く。このC-SPANの副社長スーザン・スェイン(Susan Swain)女史にお話をお聞きすることにした。

 「CATVの普及期であった1970年代の後半,CATV業界全体が国家の色々な法律的規制などで非常に困っていました。また商業主義から出発したCATVにとって,公共性という点でどうしても理解が得られない部分もあったわけです。」と彼女は,C-SPANが設立された当時の背景について説明してくれた。
 また設立の経緯については「そこで1979年,全米の有力なCATV会社の経営責任者41人がそれぞれ,組識を作り出資して出来たのが,このC-SPANでした。設立当初は,350万世帯に対して議会中継を中心に放送を始めたわけです。設立の目的は,CATV業界全体に公共性を持たせること,そして法律上の規制を緩和の方向に持っていくということでした。」
 現在,3,300万世帯の視聴者(全米の38%),そして2,700社のCATV会社に番組を送り,そしてまた1986年からは,さらに番組の充実を図るために,C-SPANUも始めたのである。
 設備的には,議会中継が中心となるため,5台のテレビカメラを議事堂の中に持ち込み,そこから電波をマイクロ・ウェーブで郊外に設置されたパラボラアンテナまで送り,そこから通信衛星GalaxyVを経由して,全米中のCATV会社へ送るわけである。
 それでは,番組の内容は一体どのようなものだろうか?(表1 C-SPAN 週間番組表参照)

表1 C-SPAN 週間番組表

 上下両院の本会議の中継はもとより、各委員会や、公聴会の内容までもかなり細かく、そして生放送している、さしずめ「政治のライブショー」といったところだろうか?

 確かに本会議や予算委員会であればわが国のNHKも放送はするが、しかし一般の番組を抱えるNHKでは一日中、こればかり放送するわけにはいかないから、どうしても質量ともに不十分なものになってしまう、ところがC-SPANであれば、まったく問題はないわけである。
 私はウェイン女史に疑問を投げ掛けてみた。「ところで、生放送はわかるんですが例えば、討論に解説を加えたり、映像を編集したりすると相当の時間がかかるのではないですか?」と。
 ところが、これには意外な答えが帰ってきた。「いや私達はあえて放送には手を加えないようにしているのです。確かにわかりやすい解説は、ある点では、いいかもしれませんが、しかし、そのことでかえって偏った見方になる恐れもあります。ですから、我々の使命は真実の情報、生の情報を正確に国民に伝え、そして判断を下すのは、すべて視聴者の側に委ねているのです。この点で3大ネットワークや普通の公共放送(PBS)と大きく異なっています。」と。
 こういったあと、しばらくしてこうつづけた。「ただ、私たちが気をつけている点は、
  ○タイムリーに情報を送る。
  ○そして話題を集めているホットなテーマの議論を中心に。
  ○政治的に影響の大きいものを選択する。
という3点です。」
 勿論、番組表をみて頂くと、議会中継だけではないことはわかる。
 C-SPANの人気番組の一つが毎朝8時からと夕方6時から放送されている、「Viewer Call-In」という番組である。毎日、重要政策を扱う役人、話題の政治家、ジャーナリストなどをスタジオに呼び、司会者を中心にラフな感じで、番組を進行、そして視聴者からの電話に答えていくというものである。
 そして週末には、そのダイジェストを編集して放送するわけである。ところがこの番組が大変な人気で、1日2回(朝晩)1週間トータル15時間のこの番組中に電話が殺到するのである。
 話題を集める人物などが登場したときなどには、電話局の交換機がパンクして故障を起こすほどだそうである。
 この他にも、日曜日の朝に放送されるProcess and Policyでは、国政上、重要な政策がどのような過程で成立したのか、など一流のジャーナリストや評論家アナリストなどによって、解説される。ここでも視聴者からの質問コ一ナーがあり、電話によって質問することが出来るわけである。
 こうした視聴者参加、国民参加の番組づくりは、選挙の時には、もっと大きな力を発揮するものである。表1の番組表は、88年の大統領選挙の時のものであるが、C-SPANでは大統領選挙に対してキャンペーンをはり、特別番組を組んでいった。
 候補者同志のディベイト、党の集会、そして各候補者の紹介、そして電話による質問コーナーと、候補者の人となり、また政策、バックボーンなどはいかんなく伝えられることになる。
 ここでは、単にポスターやステッカー、ビラなどではわからない候補者の素顔が生で伝えられるのである。ただ一方的に演説を聞くだけではなく、こちらからの質問によって知りたいことが、わかる。C-SPANならではである。
 このように、C-SPANでは積極的に視聴者の声を、つまり国民の声を政治の世界に反映させることに努めている。国民に対して、正しい情報をありのままに、タイムリーに伝え、判断材料を与える。そしてその声を取り込む。
 このことは、新しい政治の形態を徐々に醸成していっている。
 少し前のことになるが、アメリカの上院で、ある重要案件の議決をいつやるかという議論が、起こった。ところが、その結論には目を見張る。
 「国民がもっとも見ている時間帯。ゴールデン・タイムにやろう。」というのが、その結論だった。CATVをとおせばブラウン管の前が直ぐ様議会の傍聴席に早がわり。主婦だろうと、学校の教師だろうとトラックの運転手だろうと弁護士、医者だろうと身分に関係なく、どんな人間もこの傍聴席には座ることが出来る。
 そして、自分たちの意見を現実の政治の場にフィードバックすることも出来る。かつてギリシャ、アテネで市民全員参加のもとで行なわれた、直接民主主義に近い、新しい政治、国民が政治に参加できる「参加型民主主義」がテレコムというハイテクを使って、今力強く芽生えかけている。

B.デンバー・シティー・ケーブル
〜より身近な町づくり〜

 市民が参加し、市民がつくる政治は、連邦レベルだけではなく、地方自治体、市町村まで波及しつつある。
 アメリカ中央部に位置するコロラド州デンバーでも、また新しい政治の力強い息吹は起こり始めている。
 デンバー市内を中心にしたCATVの中に、チャンネル58、デンバー・シティー・ケーブルがある。私はここの責任者であるクリフ・ホール氏を訪ねることにした(写真4)。デンバーの市役所を改造したところに、スタジオとオフィスが設置されている。

 常任のスタッフは3名、あとは全てボランティアという小さな所帯ではあるが、大きな理想を持って放送を行なっている。
 ここでは、デンバー市議会の中継をメインに各種政策討論、市長記者会見、デンバー市の地域情報などを放送している。
 クリフ氏は彼らの理想をこう語ってくれた。「はたして、今の政治が本当の民主主義といえるでしょうか?」力のこもった反問から始まった。「一般市民が政治に関心を示さなくなってしまっている。興味が無くなってしまった。特に自分たちに身近な市や町のことについてはなおさらです。我々が出来ることは、まず『知らせること』。今何が起こっていて、どうなっているのか?正確に伝えることから始まるとおもいます。そのうちに、必ず関心を持ち出してくれるでしょう。身を乗り出してみてくれるでしょう。その時こそ、チャンスです。なるべく一人一人の市民が政治の過程に参加できるように、工夫をこらしていこうと思っています。
 単に選挙でだれがいいか、ということだけに止まらず、政策決定の過程にもっと自分たちの意見を反映させていくことが出来ると思います。これこそ我々の目指している方向です。」と。

 クリフ氏の話は廷々とつづいた。確かに、表面的には議会中継を中心としたロ一カルのガバメント・アクセス・チャンネルであるが、裏に秘めたのは理想に燃えた信念である。
 「実際に理想に対して何か具体的な取り組みはされていますか?」と聞いてみた。すかさず、「まずは議会中継という地味な形ですが、継続的に政治で行なわれたことを行なっています。しかし昨年新しい試みを行ないました。」と、彼は目を輝かせて話をつづけた。
 「スタジオにデンバー市内の小学生を200人ほど集め、そこへ市長をお招きして、子供達から何でも好きなことを質問してもらったんです。予想もしない色々な質問がでてきました。市長の方もときどき、答えに窮するというような場面もありました。この番組を契機にして市長が特別なアクションを起こしてくれたんです。
 彼は、デンバー市内の各地域で小さな集会を何度も開き巡回して回りました。普通政治家はこうした集会をよく開くものですが、たった一つだけ違ったのです。市長は一切演説はせず、ただ黙って市民の意見に耳を傾け、相づちをうちながら聞いたということです。
 ある集会でこんなことがあったそうです。日頃から市政について不満に思っていたひとりの市民が、この時とばかりに散々不満をぶつけ、時には声を荒げ市長を怒鳴り散らしたそうです。ただその時も市長は黙って、彼の意見を聞きつづけました。そして散々悪態をついた挙句、ただ黙って自分の意見を聞いてくれた市長に対して、最後に『市長どうも有難うございました。』と一言涙ながらに言って席についたそうです。
 この市長のユニークな巡回は、市民たちの絶大なる賛意をえました。私達のやったことは、小さなことでしたが、こうした影響を与えることが出来ると信じています。」

 テレコムという冷たいハードウェアの中にも、温かい心が芽生えることが出来る。クリフ氏の話にあらためて、テレコムのあるべき真の姿を見たような思いがする。

(松下政経塾 塾員)